「従業員が何人を超えたら産業医を選ばなければいけないの?」——この疑問を持つ人事・総務担当者は少なくありません。答えは「常時50人以上の労働者を使用する事業場」ですが、この「50人」の数え方には注意点があります。
本記事では、産業医の選任義務が発生する従業員数の基準と、その数え方の実務的なポイントを詳しく解説します。また、従業員規模に応じた選任すべき産業医の種類・人数の違い、50人未満でも産業医が必要になるケース、選任しなかった場合の罰則まで網羅的にお伝えします。
目次
1. 産業医の選任義務が発生する従業員数
1-1. 結論:「常時50人以上」の事業場
産業医の選任義務が発生するのは、常時50人以上の労働者を使用する事業場です。(労働安全衛生法第13条、労働安全衛生法施行令第5条)
「50人以上になったら、その事業場ごとに産業医を選任し、労働基準監督署に届け出る」——これが法律の基本的な要請です。
ただし、「50人」という数字の意味するところを正確に理解しておかないと、知らず知らずのうちに義務違反になっているケースがあります。以下でポイントを整理します。

1-2. 「事業場ごと」という単位
選任義務は企業全体の従業員数ではなく、「事業場ごと」に判断します。
事業場とは、原則として同じ場所で組織的・継続的な作業が行われる単位です。本社・支社・工場・店舗などがそれぞれ別の場所にある場合は、それぞれ独立した事業場として扱われます。
たとえば、本社に80人・大阪支社に30人が勤務している会社の場合、本社は50人以上なので産業医の選任義務がありますが、大阪支社は30人なので選任義務はありません(努力義務)。
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本社(東京) |
80人 |
選任義務あり |
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大阪支社 |
30人 |
選任義務なし(努力義務) |
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福岡支社 |
55人 |
選任義務あり |
逆に言えば、会社全体では100人いても、拠点がすべて49人以下であれば選任義務は生じません。規模の判断は「どの拠点か」で決まります。
2. 「常時50人以上」の正しい数え方
2-1. 正社員以外も含める
「常時使用する労働者」とは正社員だけを指すのではありません。以下のような雇用形態の方も、継続的に働いている実態があれば「常時使用する労働者」として人数に含めます。
- パートタイマー・アルバイト(継続的に雇用されている場合)
- 契約社員・嘱託社員
- 無期転換した有期労働者
一方、日々雇い入れられる日雇い労働者や、臨時・季節的な短期雇用で常態として使用されていない労働者は原則として含みません。
2-2. 派遣労働者の扱い
派遣労働者については、「派遣元」と「派遣先」のどちらで数えるかが実務上よく問われます。
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観点 |
派遣元 |
派遣先 |
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産業医選任の人数カウント |
派遣元の労働者として数える |
派遣先の労働者としても数える |
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産業医選任義務の帰属 |
派遣元に義務 |
派遣先にも義務が生じる場合あり |
派遣先は、実際にその事業場で就業している派遣労働者を人数に含めて判断します。派遣労働者が加わることで50人を超える場合は、派遣先にも産業医選任義務が発生する可能性があるため注意が必要です。
2-3. 在宅勤務・テレワーク社員
テレワーク勤務者は「事業場に常時使用されている労働者」として人数に含まれます。自宅やサテライトオフィスで働いていても、所属事業場の産業医による健康管理の対象となります。リモートワークが普及した現在、見落としがちなポイントです。
2-4. 50人になる前から準備を
選任義務が発生した日から14日以内に産業医を選任しなければなりません。しかし実際には、産業医の探索から契約締結まで1〜2か月かかることも多く、「ちょうど50人になってから探し始めた」では間に合わないケースがあります。
従業員数が40〜45人程度になったタイミングから候補を探し始めることをおすすめします。
3. 従業員数に応じた産業医の選任ルール
3-1. 規模別の選任基準一覧
産業医の選任において、「誰を(嘱託・専属)」「何名」選任すべきかは事業場の規模によって異なります。
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事業場の常時使用労働者数 |
産業医の種類 |
選任人数 |
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50人以上〜999人以下 |
嘱託産業医(非常勤) |
1名以上 |
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1,000人以上(一般業務) |
専属産業医(常勤) |
1名以上 |
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有害業務に常時500人以上従事 |
専属産業医(常勤) |
1名以上 |
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3,001人以上 |
専属産業医(常勤) |
2名以上 |
3-2. 嘱託産業医と専属産業医の違い
嘱託産業医は非常勤で、月1〜数回事業場を訪問して産業医業務を担います。クリニックの医師や勤務医が兼任するケースが大半です。月額費用の目安は事業場の規模にもよりますが、一般的に数万円〜十数万円程度です。
専属産業医は事業場に常勤する医師で、週4日程度勤務します。1,000人以上の大規模事業場が対象です。業務内容は嘱託・専属ともに法律上大きな違いはありません。→コラム:嘱託産業医と専属産業医の違い
3-3. 有害業務に関する特例
一般的な事務系業務以外に、以下のような有害業務を行う事業場では、常時使用する労働者数が500人以上になった時点で専属産業医の選任が必要となります。
- 多量の高熱物体を取り扱う業務・著しく暑熱な場所での業務
- ラジウム放射線・X線その他の有害放射線にさらされる業務
- 土石・獣毛等の粉じんが著しく飛散する場所での業務
- 異常気圧下での業務
- 深夜業を含む業務 など
自社の業務内容が有害業務に該当するかどうか判断に迷う場合は、所轄の労働基準監督署または産業保健総合支援センターへ相談することをおすすめします。
4. 選任の手続き:期限・届出・資格要件
4-1. 選任期限:14日以内
労働安全衛生規則第13条第1項により、選任義務が発生した日(労働者が常時50人以上となった日)から14日以内に産業医を選任しなければなりません。退任による空席が生じた場合も同じく14日以内の補充が必要です。
4-2. 労働基準監督署への届出
産業医を選任したら、遅滞なく(できる限り速やかに)所轄の労働基準監督署長に「産業医選任報告書(様式第3号)」を提出します。オンライン申請(e-Gov)や郵送でも届出可能です。
4-3. 産業医になれる要件
医師であれば誰でも産業医になれるわけではありません。労働安全衛生法第13条第2項に基づき、以下のいずれかの要件を満たす医師のみが産業医として選任できます。
- 日本医師会認定産業医学基礎研修を修了した者
- 産業医科大学の産業医学基本講座を修了した者
- 労働衛生コンサルタント試験(保健衛生区分)に合格した者
- 大学において労働衛生に関する科目を担当する教授・准教授・常勤講師等
また、法人の代表者(代表取締役・院長・施設長等)が自事業場の産業医を兼務することは法律で禁止されています(平成29年4月施行)。
5. 従業員50人未満の事業場はどうする?
5-1. 義務はないが「努力義務」
常時50人未満の事業場には産業医の選任義務はありません。ただし、医師等による従業員の健康管理を行うことは努力義務とされています。
また、労働契約法第5条が定める「安全配慮義務」はすべての事業者に適用されます。産業医がいなくても従業員の健康管理を怠れば、労災発生時に損害賠償責任を問われるリスクがあります。
5-2. 規模にかかわらず義務となる対応
以下の対応は、従業員数にかかわらずすべての事業場で法律上義務付けられています。
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義務の内容 |
根拠法令 |
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年1回の定期健康診断の実施 |
安衛法第66条・安衛則第44条 |
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健康診断異常所見者への医師意見聴取 |
安衛法第66条の4 |
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月80時間超の時間外労働者から申し出があった場合の医師面接指導 |
安衛法第66条の8 |
6. 義務違反の罰則
6-1. 50万円以下の罰金
産業医の選任義務に違反した場合、事業者は労働安全衛生法第120条に基づき50万円以下の罰金が科される可能性があります。以下の場合も同様に罰則の対象となります。
- 選任義務があるにもかかわらず産業医を選任していない
- 専属産業医が必要な規模の事業場で嘱託産業医のみを選任している
- 実態を伴わない「名義貸し」産業医を置いている
「名義貸し」とは、産業医として届け出てはいるものの、職場巡視を実施しない・面接指導を行わない・健康診断の結果確認のみに留まるなど、実質的な職務を果たしていない状態を指します。選任の形式だけでなく、実態が伴っているかどうかが問われます。
6-2. 行政指導・是正勧告
労働基準監督署による調査・監督指導の際に産業医未選任が発覚した場合、是正勧告が行われます。過重労働による労災申請や従業員からの相談をきっかけに発覚するケースも少なくなく、その場合は損害賠償請求や社会的信用の毀損リスクも伴います。
まとめ
産業医の選任義務に関するポイントをまとめます。
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確認ポイント |
内容 |
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選任義務が発生する規模 |
常時50人以上(事業場単位) |
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選任期限 |
義務発生日から14日以内 |
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50〜999人の場合 |
嘱託産業医1名以上 |
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1,000人以上(または有害業務500人以上) |
専属産業医1名以上 |
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3,001人以上 |
専属産業医2名以上 |
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「50人」のカウント対象 |
正社員・パート・契約社員など継続雇用者すべて |
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違反した場合 |
50万円以下の罰金(安衛法第120条) |
従業員数が40〜45人を超えてきたら、産業医の選任準備を始めるタイミングです。選任後も、月1回の職場巡視・面接指導・衛生委員会への関与など、産業医としての職務が適切に履行されているかを定期的に確認しましょう。
