「あの上司の下に配属されると、なぜか半年以内に人が辞める」
「直接的な暴言があるわけではない。でも、チームの雰囲気が明らかにおかしい」
こうした状況に心当たりのある人事担当者は、決して少なくありません。
ハラスメントの定義には当てはまらない。でも、特定の上司が原因で離職が続く——このグレーゾーンこそ、現場の人事が最も「対処しにくい」と感じる問題のひとつです。
本記事では、「パワハラとまでは言えないが問題のある上司」によって引き起こされる離職の実態と、人事が取るべき具体的な対応策について解説します。
目次
1. 「問題上司」とはどんな人物か——パワハラとの違い
パワハラは、優越的な関係を背景にした、業務上の必要性を超えた言動が「継続・反復」して行われ、就業環境が害される状態を指します(労働施策総合推進法第30条の2)。
一方、今回取り上げる「問題上司」の言動は、その定義には直接該当しません。たとえば:
- ・指示が曖昧で、何度聞いても「それくらい考えて」と突き返す
- ・ミスを責めるが、具体的なフィードバックはしない
- ・部下の話を最後まで聞かず、すぐに自分の意見を押し付ける
- ・機嫌が良い日と悪い日の差が激しく、部下が常に顔色をうかがっている
- ・頑張りを一切認めない、感謝の言葉がない
- ・仕事の成果を自分の手柄にする
- ・口調がきつい
- ・話しかけづらい
これらは「パワハラ」とは言いにくい。しかし、毎日こうした上司のもとで働く部下にとっては、確実に心理的負荷がかかり続けます。
厚生労働省の調査でも、職場のストレスの主要因として「上司・同僚との人間関係」は常に上位に入っています。問題は、こうした状況が「証拠に残りにくい」「本人に自覚がない」ため、組織として動くタイミングを逃しやすい点にあります。
2. 「特定の上司の下で人が辞める」——見逃されやすいサインとは
問題が深刻化する前に、人事が把握しておくべきサインがいくつかあります。
① 特定の部署・チームの離職率が明らかに高い
定期的に離職率をチーム単位で集計している企業は、まだ多くありません。全社の離職率が「問題ない水準」であっても、特定のチームに集中して離職が起きているケースは珍しくありません。個人単位の問題として処理する前に、「どのチームから」「どの上司のもとから」辞めているかを見る視点が必要です。
② 退職理由が「一身上の都合」や「キャリアアップ」で一様にそろう
退職面談でリアルな理由が出てこない企業は非常に多いです。「転職先が決まりました」「別のことに挑戦したくて」——これらが本音でないケースは多く、退職者が会社(または上司)への不満を言いにくい環境になっているサインでもあります。これは、パワハラなど法を犯した行動をしている訳ではないため、退職する側も何も言えず、去っていくしかないケースだからです。退職面談を人事が直接行い、本音を聞いてみることが大切なことです。
③ ストレスチェックで特定チームのスコアが低い
ストレスチェックの集団分析を活用すれば、チーム単位のストレス傾向を把握できます。「仕事の量的負担」よりも「上司・同僚との関係」「職場の支援」の項目が低いチームは、マネジメントに課題がある可能性があります。
④ 「あの上司の下では働きたくない」という声が複数ルートから届く
相談窓口や匿名アンケートに同様の声が複数届いていたり、よく社員のうわさで耳にします。複数件の類似した声は、それ自体が重要なシグナルです。
3. なぜ組織はこの問題を放置してしまうのか
「問題は認識しているが動けない」という人事担当者の声を、私たちはよく耳にします。その理由には、構造的な要因があります。
「成果を出している上司」への手出しが難しい
問題の上司が、業績面では優秀であるケースは非常に多いです。「数字は出している」「クライアントからの評判はいい」——こうした状況では、経営層が動くことへの抵抗感が生まれます。しかし、そのチームで3人が辞め、新規採用・教育コストが毎年かかっているとしたら、トータルの損失は数百万円規模になることもあります。
「マネジメントスタイル」として個人の裁量に委ねられている
「あの人はああいうキャラだから」「昔からそういうやり方」という言葉で片付けられ、組織としての介入が遅れます。しかし、マネジメントは個人の性格ではなく、会社が責任を持つべき機能です。上司の行動が離職・メンタル不調につながっているなら、それは組織の問題として対処すべきです。
具体的なアクションの手順がわからない
「問題はわかっている。でも、どう動いていいかわからない」という人事の声も多いです。ハラスメントであれば手順が定まっていますが、グレーゾーンの対応には明確な「型」が少ないのが現状です。
4. 人事が取るべき具体的な対応ステップ
では、実際にどう動けばよいのか。段階的な対応ステップを整理します。
STEP 1:データで「事実」を可視化する
最初のステップは、感覚や噂ではなく、データとして状況を整理することです。
- ・直近2〜3年の退職者を、チーム・上司別に整理する
- ・ストレスチェックの集団分析結果を、チーム別に比較する
- ・休職・欠勤・遅刻などの傾向を、チーム単位で見る
これらをまとめることで、「特定の上司のもとでパフォーマンスが下がっている」という客観的な根拠が生まれます。経営層への説明にも使えます。
STEP 2:退職面談・在籍者ヒアリングでリアルな声を集める
退職面談は、上司を介さない形で人事が直接行うことが重要です。また、現在も在籍しているチームメンバーへのヒアリング(1on1形式など)で、日常の状況を把握します。
この際、「○○さんの言動についてどう思うか」と直接的に聞くのではなく、「チームでの仕事の進め方について率直に教えてほしい」「困っていることはあるか」という形で引き出すことがポイントです。
STEP 3:当該上司への個別フィードバックを行う
問題が一定程度可視化されたら、人事または上位管理職から、当該上司への1on1フィードバックを実施します。ここでのポイントは「批判」ではなく「データを元にした現状共有」として行うことです。
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「あなたのチームから、昨年3名が退職しています。退職面談でのヒアリングでは、コミュニケーション面でのストレスを理由に挙げる声が複数ありました。何か思い当たることはありますか?」 |
感情的な批判や一方的な指摘は逆効果になります。「事実→影響→相談」という流れで話を進めることで、当事者が受け止めやすくなります。
STEP 4:具体的なサポートと変化の確認
フィードバックだけで終わらせず、「次にどう変えるか」を具体的に合意することが重要です。
- ・1on1の実施頻度・方法を見直すよう促す
- ・管理職向け研修・コーチングの受講を提案する
- ・一定期間後に再度ヒアリングを行い、変化を確認する
また、必要に応じてチーム構成の変更(特定メンバーの異動)も検討の対象に入ります。
STEP 5:問題が改善しない場合の判断
フィードバックと支援を行っても状況が改善しない場合、人事と経営層での判断が必要になります。「管理職としての適性評価の見直し」「担当業務・権限の変更」なども選択肢に入ります。これは「処罰」ではなく、「組織の健全性を守るための人材配置の最適化」として位置づけるべきです。
5. 外部の第三者機能を使うべき場面
社内だけで完結させようとすると、どうしても限界が生じます。以下のような場面では、外部のリソースを活用することが有効です。
当該上司が「被害者意識」を持ち、内部の指摘を受け入れない
「自分は何も悪いことをしていない」「人事がつくりあげた話だ」という反応が出る場合、第三者(EAP機関の専門職など)が間に入ることで、当事者の防衛反応が緩和されることがあります。また、本人のケアも実は大切な要素です。パワハラが発生した場合、加害者、被害者どちらにもヒアリング、ケアを欠かさないと同じように、このケースも該当者に対してのケアは必須になります。
部下側がメンタル不調を発症し始めている
すでにチームメンバーの中に、体調不良・睡眠障害・意欲低下などが見られる場合、早期に産業保健の専門職が関与することが重要です。放置すれば休職・離職に至るリスクが高まります。
人事が当事者と近すぎて動きにくい
小規模な組織や、当該上司と人事の関係性が密な場合、社内での対応に限界が出ます。外部の専門機関が「客観的な立場」として機能することで、当事者・組織の双方が動きやすくなります。
6. 「問題上司」を放置した場合のコスト
最後に、「動かないコスト」について触れておきます。
1人の中途採用にかかる採用コスト(求人広告・エージェント手数料・面接工数など)は、職種によりますが50〜100万円程度と言われています。さらに、新しく入った人材が即戦力になるまでの教育コスト、既存メンバーへの負担増によるパフォーマンス低下を加えると、1人の離職が組織に与えるダメージは非常に大きいものです。
また、職場環境の悪化は「辞めない人」にも影響します。「本当は転職したいが、踏み出せない」という状態のまま在籍する従業員が増えれば、エンゲージメントは低下し続けます。
「パワハラではないから対処できない」という判断は、組織としての機会損失です。問題を早期に認識し、段階的に対処することが、長期的には組織の健全性を守ることにつながります。
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