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はじめに──「辞めたこと」を報告する義務が、これまでなかった
産業医が交代するとき、これまでの実務では「新しい産業医を選任して、選任報告書を提出する」という流れが一般的でした。前任者が辞めた事実そのものを届け出る仕組みは、法令上明確には規定されていなかったのです。
しかし2026年8月1日、労働安全衛生規則の改正により、この運用が変わります。産業医が「辞任」「解任」「退任」した場合、事業者は所轄の労働基準監督署長に対して報告を行う義務を負うことになります。
「後任の選任報告と一緒にやっていればいいのでは?」という疑問は当然ですが、今回の改正には例外規定も含まれており、把握していないと対応漏れが生じるリスクがあります。本記事では、人事・総務担当者が実務で直面する具体的な場面に沿って、ポイントを整理します。
1. 改正の概要──何が、いつから変わるか
施行日:2026年8月1日 根拠:労働安全衛生規則の一部を改正する省令(2026年厚生労働省令第86号)
改正前は、産業医が職務を離れるタイミングに関する報告規定が実務上明確でなく、後任の選任手続きに合わせて事後的に処理されるケースが多い状況でした。今回の改正により、産業医が「辞めたこと」を独立した報告事項として明確に位置づけ、労働基準監督署が各事業場の産業医不在期間をリアルタイムで把握できる体制を整えることが目的とされています。
2. 報告が必要な「対象事業場」と「辞任等」の範囲
対象となる事業場
常時50人以上の労働者が在籍する事業場で、産業医を選任している(または選任義務がある)場合が報告の対象です。
労働者数が50人を下回り、法的な選任義務がなくなった事業場は「義務」ではありませんが、行政が状況を正確に把握できるよう、可能な範囲で報告することが望ましいとされています。
「辞任等」に含まれる3つのケース
今回の報告義務が発生するのは、以下の3つの場合です。
| 区分 | 内容 |
|---|---|
| 辞任 | 産業医が自らの意思で職を辞する場合 |
| 解任 | 事業者の判断で契約を終了させる場合 |
| 退任 | 任期満了など、契約期間の終了による場合 |
「解任」は事業者側の都合による終了であるため、特に手続きの記録と衛生委員会への説明が重要になります(後述)。
3. 報告の手順──タイミング・方法・免除規定
報告のタイミング
辞任・解任・退任が生じた場合、「遅滞なく」報告します。具体的な日数の定めはありませんが、事実が発生してから速やかに対応することが求められます。
報告方法
原則は電子申請です。以下のシステムから手続きが可能です。
- e-Gov電子申請
- 労働安全衛生法関係の届出・申請等帳票印刷に係る入力支援サービス
電子申請の環境が整っていない場合の経過措置として、当分の間は書面での提出も認められています。書面の場合は、かつての安衛則様式第3号に準じた書類を使用できます。
重複報告の免除──実務でよくある「後任選任と同時」のケース
後任の産業医を選任する際に行う「選任報告(安衛則第13条第2項に基づく報告)」の中で、前任者の辞任等を併せて記載した場合、別途の辞任等報告は不要です。
つまり、後任を同時に確保して選任報告を出せるケースでは、新たな報告書を追加で作成する必要はありません。問題が生じやすいのは、後任が決まるまでに時間がかかり、辞任等の事実だけが先行してしまう場合です。この場合は単独での報告が必要になります。
4. 解任手続きで見落とされやすい「衛生委員会への報告」
労働基準監督署への外部報告と並行して、社内の衛生委員会(または安全衛生委員会)に対する報告義務も発生します。
産業医が辞任または解任された場合、事業者はその事実と理由を、遅滞なく衛生委員会に報告しなければなりません。
この規定は以前から存在しますが、産業医交代時の実務フローに組み込まれていないケースが少なくありません。特に「解任」の場合は、なぜ事業者側が契約を終了させたのかという理由の透明性が求められます。記録として残し、委員会で議事録に残しておくことが重要です。
5. 辞任等の後に控える「14日以内の再選任」
産業医が不在になった場合、事業者はすみやかに後任を選任しなければなりません。法令上のルールは辞任等のあった日から14日以内です。
14日という期間は短く、特に専任の産業医を確保している企業や、地方など産業医の人材が限られる地域では余裕がありません。事前に以下を整備しておくことを推奨します。
なお、定期健康診断の結果報告書には産業医の氏名記載が必要です。産業医が不在のままでは、この報告書の提出にも支障をきたします。
6. 産業医との関係で事業者が果たすべき役割
今回の改正は、単に「辞めた事実を届ける」手続きの追加ではありません。産業医が機能しやすい環境を整えることが事業者の責務であるという前提に立っています。
産業医に提供すべき情報(法令上の義務)
- 健康診断・長時間労働者面接指導・ストレスチェックの結果と講じた措置
- 月80時間超の時間外・休日労働が発生した労働者の情報
- 産業医が健康管理上必要と判断した業務関連情報
産業医の「勧告」を受けたときの対応
産業医から健康管理上の勧告があった場合、事業者はその内容と講じた措置を衛生委員会に報告し、3年間記録として保存しなければなりません。
労働者への周知も義務
産業医の業務内容・相談の申し出方法・情報の取り扱い方針を、労働者全員に周知することも求められています。産業医の名前だけ掲示して終わり、というケースは要注意です。
7. 人事担当者の実務チェックリスト
2026年8月1日までに確認しておくべき事項を整理します。
【選任状況の確認】
- □ 50人以上の全事業場で産業医が選任されているか
- □ 選任報告書の提出状況に漏れはないか
- □ 産業医との契約内容(契約期間・更新時期)を把握しているか
【辞任等発生時のフロー整備】
- □ 辞任等の事実が人事に速やかに伝わる連絡ルートがあるか
- □ 14日以内の後任選任に向けた連絡先・候補がリストアップされているか
- □ 衛生委員会への報告フロー(議題設定・議事録作成)が明確になっているか
【電子申請の準備】
- □ e-Gov等の電子申請システムへのアクセス環境が整っているか
- □ 担当者がシステムの操作に慣れているか
【労働者への周知】
- □ 産業医の業務内容・相談方法が全従業員に案内されているか
- □ 産業医の交代があった際に周知する手順があるか
まとめ
2026年8月1日からの改正で、産業医の辞任・解任・退任は「後任の選任とセットで処理する」だけでは不十分になる場面が生じます。特に、後任が決まる前に前任者が離任するケースでは、辞任等報告を単独で提出する必要があります。
合わせて、衛生委員会への報告・14日以内の再選任・電子申請の準備という3つの実務対応を、今のうちに社内フローに組み込んでおくことが重要です。
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参考法令・出典
- 労働安全衛生規則の一部を改正する省令(2026年厚生労働省令第86号)
- 労働安全衛生法第13条、労働安全衛生規則第13条
- 厚生労働省「産業医・産業保健機能の強化について」

