産業医を選任しないとどうなる?罰則と企業のリスクを徹底解説

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「従業員が50人を超えたけれど、産業医はまだ選任していない」「前任の産業医が辞めたまま、後任が決まっていない」——このような状態に心当たりはないでしょうか。

産業医の選任は、労働安全衛生法で定められた事業者の義務です。選任を怠ると罰金刑の対象になるだけでなく、従業員の健康被害が起きた際に企業が重い責任を問われるおそれがあります。さらに2026年8月からは産業医の辞任・解任時の報告が義務化され、未選任の状態が行政に把握されやすくなりました。

本記事では、産業医を選任しないとどうなるのかを、法律上の罰則と、罰則以外に企業が抱える実務上のリスクに分けて解説します。あわせて、未選任に気づいたときの対応手順や、50人未満の事業場の考え方もまとめました。

目次

常時50人以上の労働者を使用する事業場が対象

労働安全衛生法第13条および同法施行令第5条により、常時50人以上の労働者を使用する事業場では、医師のうちから産業医を選任しなければなりません。

ここでいう「労働者」には、正社員だけでなく、継続して雇用しているパートタイマーやアルバイトも含まれます。また、判断は会社全体ではなく事業場(支店・工場・営業所など)ごとに行う点に注意が必要です。

事業場の規模によって必要な産業医の人数・形態が変わる

事業場の労働者数や業務内容に応じて、求められる体制は次のように変わります。

労働者数

必要な体制

1〜49人

医師等による健康管理(努力義務)

50〜499人

産業医1名(嘱託でも可)

500〜999人

産業医1名(嘱託可。ただし一定の有害業務に500人以上が従事する場合は専属)

1,000〜3,000人

専属産業医1名

3,001人以上

専属産業医2名以上

 

「専属」とはその事業場に専属して職務を行う産業医を指し、「嘱託」とは月1回程度など非常勤で契約する産業医を指します。多くの中小規模の事業場では、嘱託産業医と契約する形が一般的です。

選任期限は「14日以内」、選任後は労働基準監督署へ報告

産業医は、選任すべき事由が発生した日(労働者数が常時50人以上になった日や、前任者が辞任した日など)から14日以内に選任しなければなりません(労働安全衛生規則第13条)。

選任後は、遅滞なく所轄の労働基準監督署長へ「産業医選任報告」を提出します。2025年1月からは、この報告も原則として電子申請で行うこととされています。

なお、法人の代表者や事業場を統括管理する人などは、たとえ医師であっても産業医を兼務することはできません。経営者自身が医師である医療機関などでは、特に注意が必要です。

産業医を選任しないとどうなる?罰則は「50万円以下の罰金」

労働安全衛生法第120条による罰則

産業医の選任義務に違反した場合、労働安全衛生法第120条により50万円以下の罰金が科される可能性があります。これは衛生管理者の未選任や衛生委員会の未設置などと同じ区分の罰則です。

「両罰規定」により会社と担当者の双方が処罰対象に

同法第122条には「両罰規定」があり、違反行為をした担当者個人(代表者や人事責任者など)だけでなく、法人そのものにも罰金刑が科される仕組みになっています。「会社が罰金を払えば済む」という問題ではなく、個人が刑事責任を問われる可能性がある点は押さえておくべきでしょう。

いきなり罰金になるケースは多くないが、油断は禁物

実務上は、労働基準監督署の臨検(立入調査)で未選任が判明した場合、まず是正勧告が出され、期限までに改善を求められるのが一般的です。是正勧告に従って速やかに選任すれば、直ちに送検されるケースは多くありません。

しかし、是正勧告を無視し続けた場合や、労働災害・健康被害が発生して調査が入った場合などは、書類送検に進むことがあります。厚生労働省は労働基準関係法令違反で送検した事案を企業名とともにウェブサイトで公表しており、送検されれば社会的信用への影響は避けられません。

 

罰則だけではない|産業医未選任が招く5つの企業リスク

罰金額だけを見ると「50万円以下なら大きな問題ではない」と感じる方もいるかもしれません。しかし、産業医の未選任による本当のリスクは、罰則以外のところにあります。

リスク1:安全配慮義務違反による損害賠償

企業には、労働契約法第5条に基づき、従業員が安全かつ健康に働けるよう配慮する「安全配慮義務」があります。産業医を選任していない状態で、過重労働による健康障害やメンタルヘルス不調による休職・自殺などが起きた場合、法律で求められる健康管理体制を整えていなかったことが、安全配慮義務違反を判断する際の一要素となる可能性があります。

過労死や精神障害をめぐる民事訴訟では、損害賠償額が数千万円から1億円を超える水準に達することもあります。罰金とは比較にならない経済的損失につながりかねません。

リスク2:法定の健康管理業務が回らず、違反が連鎖する

・産業医は、次のような法定の健康管理業務で中心的な役割を担います。

  • ・定期健康診断の結果に基づく、就業上の措置に関する医師の意見聴取
  • ・時間外・休日労働が月80時間を超えた労働者などへの面接指導
  • ・ストレスチェック後の高ストレス者に対する面接指導
  • ・衛生委員会への出席や、職場巡視による作業環境の確認

産業医がいないと、これらの業務を適切に実施する体制が整わず、健康診断後の措置やストレスチェック制度の運用など、別の義務についても違反状態に陥りやすくなります。1つの未選任が、複数の法令違反を引き起こす構造になっているのです。

リスク3:メンタルヘルス不調の悪化と休職・離職の増加

産業医は、不調の兆しがある従業員に早い段階で医学的な助言を行い、就業制限や業務調整の判断を支える存在です。相談先となる専門家がいない職場では、不調が重症化するまで表面化せず、結果として長期休職や離職が増える傾向があります。

休職者が出れば代替要員の確保や周囲の業務負担増が生じ、さらに別の不調者を生む悪循環にもつながります。復職の可否判断や職場復帰支援においても、産業医の意見は欠かせません。

リスク4:企業の信用・採用力の低下

送検や企業名の公表に至らなくても、従業員の口コミサイトやSNSを通じて「健康管理がずさんな会社」という評判が広がるおそれがあります。働きやすさや健康経営への関心が高まるなか、労働安全衛生の基本的な義務を果たしていないことは、採用活動や取引先からの評価にも影響を及ぼしかねません。

リスク5:行政による把握が進み「見つからない」が通用しなくなる

かつては「監督署の調査が入らなければ発覚しにくい」と考えられていた面もありました。しかし後述するとおり、2026年8月から産業医の辞任・解任時の報告が義務化され、行政が産業医の不在を把握できる仕組みが整いつつあります。未選任の状態を放置するリスクは、今後ますます高まると考えるべきでしょう。

【2026年8月施行】産業医の辞任・解任時の報告が義務化

2026年4月28日に公布された改正労働安全衛生規則により、2026年8月1日から、産業医の辞任・解任・退任があった場合、事業者は所轄の労働基準監督署長へ、その産業医の氏名や辞任等の年月日などを遅滞なく報告することが義務付けられました(労働安全衛生規則第13条第5項)。

これまでは選任時の報告義務しかなかったため、産業医が辞めた後に後任が選任されないまま放置されていても、行政側では把握しにくい状況がありました。今回の改正は、こうした「産業医不在の事業場」を監督署が把握できるようにすることを目的としています。

実務上のポイントは次のとおりです。

  • ・辞任等の報告は原則として電子申請。当分の間は書面での報告も認められている
  • ・後任の選任報告とあわせて辞任等の報告を行う場合は、別途の辞任等報告は不要
  • ・辞任等が生じた日から14日以内に後任を選任する義務は従来どおり

産業医の急な退任は珍しいことではありません。契約している産業医が辞任した場合に、誰がいつまでに何をするのか、社内の手順をあらかじめ決めておくことが重要です。

選任していても違反になる?「名ばかり産業医」の落とし穴

産業医を選任していても、実際に職務を行わせていなければ、法の趣旨を満たしているとはいえません。労働安全衛生法は、産業医に労働者の健康管理等を「行わせなければならない」と定めており、形だけの選任は指導の対象になり得ます。

次のような状態になっていないか、確認してみましょう。

  • ・職場巡視:原則として少なくとも毎月1回(一定の情報提供を毎月受けている場合などは2か月に1回)実施されているか
  • ・衛生委員会:毎月開催され、産業医が構成員として関与しているか
  • ・情報提供:長時間労働者の氏名や労働時間、健康診断後の措置内容などを産業医に提供しているか
  • ・勧告への対応:産業医から勧告を受けた場合、その内容を衛生委員会に報告し、記録を保存しているか

契約書を交わしただけで一度も事業場に来たことがない、健康診断結果の確認も行われていない——といった「名ばかり産業医」の状態では、いざ健康被害が起きたときに安全配慮義務を果たしていたとは主張しにくくなります。

産業医の未選任が起きやすい4つのパターン

産業医の未選任は、意図的な違反よりも「気づかないうちに」起きているケースが少なくありません。代表的なパターンを紹介します。

パターン1:パート・アルバイトを人数に含めていなかった

正社員だけを数えて「まだ50人未満」と判断していたものの、継続雇用しているパート・アルバイトを含めると50人を超えていた、というケースです。繁忙期だけでなく、常態として50人以上かどうかで判断します。

パターン2:会社全体ではなく事業場ごとの判断を誤った

本社と支店を合算・分割して考えてしまうケースです。選任義務は事業場単位で判断するため、本社に産業医がいても、50人以上の支店や工場には別途選任が必要になります。

パターン3:事業拡大で50人を超えたことに気づかなかった

採用が続いて従業員数が増えた成長期の企業で起こりがちです。50人到達と同時に、産業医のほか衛生管理者の選任、衛生委員会の設置、ストレスチェックの実施など複数の義務が発生するため、人数の推移を定期的に確認する仕組みが必要です。

パターン4:産業医の退任後、後任が見つからないまま放置した

産業医の高齢化や本業の都合などにより、契約が突然終了することがあります。後任探しに時間がかかり、14日の期限を大きく過ぎてしまうケースは少なくありません。前述のとおり、2026年8月以降は辞任等の報告も必要になるため、放置は一層リスクが高くなっています。

未選任に気づいたら?今すぐ取るべき対応ステップ

自社が未選任の状態にあると気づいた場合は、できるだけ早く次の手順で対応しましょう。

  • ・事業場ごとの労働者数を正確に把握する:パート・アルバイトを含め、常時使用する労働者数を事業場単位で確認します。
  • ・産業医の候補を探す:地域の医師会、産業医紹介サービス、健康診断を委託している医療機関などに相談します。
  • ・契約内容を決める:訪問頻度、職場巡視、衛生委員会への出席、面接指導、ストレスチェックへの関与など、業務範囲を明確にして契約します。
  • ・労働基準監督署へ選任報告を提出する:選任後、遅滞なく電子申請で報告します。
  • ・社内体制を整える:衛生委員会の運営、産業医への情報提供ルール、退任時の対応手順などを整備します。

すでに是正勧告を受けている場合は、指定された期限までに是正報告書を提出することが重要です。期限内の対応が難しい場合は、放置せず、監督署に状況を説明して相談しましょう。

従業員50人未満の事業場はどうすればよい?

常時50人未満の事業場には産業医の選任義務はありませんが、医師等に労働者の健康管理を行わせるよう努めることが求められています(努力義務)。

小規模事業場では、各地の地域産業保健センターを利用することで、健康診断結果に基づく医師の意見聴取や、長時間労働者への面接指導、メンタルヘルスに関する相談などを無料で受けられます。

また、2025年の労働安全衛生法改正により、これまで努力義務だった50人未満の事業場でのストレスチェックが、2028年4月1日から義務化されることが決まっています。将来の50人到達も見据えて、今のうちから医師と連携できる体制を検討しておくと安心です。

よくある質問(FAQ)

  1. 産業医を選任しないと、必ず罰金を科されますか?:必ずではありません。多くの場合、まず労働基準監督署から是正勧告を受け、改善を求められます。ただし、是正に応じない場合や労働災害が発生した場合などは送検に至る可能性があり、その場合は50万円以下の罰金が科されることがあります。
  2. 罰金は会社と個人のどちらが支払うのですか?:労働安全衛生法第122条の両罰規定により、違反行為者である個人と法人の双方が処罰の対象となり得ます。
  3. 従業員が50人を超えたら、いつまでに選任すればよいですか?:常時50人以上となった日から14日以内に選任し、選任後は遅滞なく労働基準監督署へ報告する必要があります。
  4. 産業医が辞めた場合は何をすればよいですか?:2026年8月1日以降は、辞任等の事実を遅滞なく労働基準監督署へ報告する必要があります。あわせて、辞任等の日から14日以内に後任の産業医を選任してください。後任の選任報告と同時に辞任等を報告する場合は、別途の報告は不要です。
  5. 社長が医師の場合、社長を産業医にできますか?:できません。法人の代表者や事業場を統括管理する者などは、産業医として選任することが認められていません。

まとめ

産業医を選任しないことによる影響を整理すると、次のとおりです。

  • ・常時50人以上の事業場では、14日以内の産業医選任と監督署への報告が義務
  • ・違反すると50万円以下の罰金。両罰規定により会社と個人の双方が対象になり得る
  • ・罰則以上に大きいのは、安全配慮義務違反による損害賠償や、健康管理体制の欠如による連鎖的な法令違反のリスク
  • ・2026年8月から産業医の辞任・解任時の報告が義務化され、未選任の放置は行政に把握されやすくなった
  • ・選任していても、職場巡視や衛生委員会への関与がない「名ばかり産業医」では不十分

産業医の選任は、罰則を避けるための手続きにとどまらず、従業員の健康を守り、企業の持続的な成長を支えるための基盤です。自社の事業場ごとの人数と産業医の選任状況を、この機会にあらためて確認してみてはいかがでしょうか。