通勤訓練と試し出勤制度の違いとは?産業医が徹底解説

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メンタルヘルス不調により休職していた従業員が復職する際、多くの企業が悩むのが「どのタイミングで、どのように復職させるか」という判断です。主治医から「復職可能」の診断書が出たとしても、いきなりフルタイムで元の業務に戻すことは、本人にとっても会社にとってもリスクを伴います。

 そこで復職準備の段階で活用されるのが「通勤訓練」と「試し出勤制度」です。この2つは名前が似ているため混同されがちですが、目的も法的な位置づけも異なります。特に試し出勤制度は、賃金や労災保険の扱いを曖昧にしたまま運用すると、後々の労使トラブルに発展するリスクがあるため、人事担当者は正確に理解しておく必要があります。

 本記事では、通勤訓練と試し出勤制度の違い、それぞれの進め方、導入時に押さえておくべき法的な注意点までを詳しく解説します。

なぜ今、通勤訓練・試し出勤制度が注目されているのか

 近年、メンタルヘルス不調による休職者数は増加傾向にあり、復職支援の質が企業の人材マネジメントにおいて重要な経営課題となっています。復職後まもなく体調を崩し、再び休職に至ってしまう「再休職」は、本人にとっても会社にとっても大きな負担です。

 厚生労働省が公表している「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」でも、職場復帰にあたっては本人の状態を段階的に確認しながら進めることの重要性が示されています。通勤訓練・試し出勤制度は、こうした段階的な復職支援を実現するための代表的な手法として、多くの企業で導入が進んでいます。

 また、テレワークの普及により「決まった時間に出社すること自体への負荷」が復職の壁になるケースも増えており、通勤訓練の重要性はむしろ以前よりも高まっているといえます。

通勤訓練とは

 通勤訓練とは、休職中の従業員が復職に先立ち、自宅から職場まで実際に通勤する行為そのものを訓練として行う取り組みです。あくまで「通勤ができる状態まで回復しているか」を確認することが目的であり、職場に到着した後は業務を行わず、そのまま帰宅するのが一般的な運用です。

 休職の主な原因がメンタルヘルス不調である場合、症状自体が落ち着いてきたとしても、決まった時間に起床し、電車やバスに乗って移動し、職場に到着するという一連の行動には、想像以上の体力・精神的なエネルギーを要します。頭の中では「もう働けそうだ」と感じていても、実際に通勤という行為を経験してみると、思いのほか疲労を感じるケースも少なくありません。逆に、想定していたよりもスムーズにこなせたという気づきが得られることもあり、本人と会社の双方にとって、復職の可否を判断する重要な材料になります。

 通勤訓練は、あくまで復職プログラム全体における「最初のステップ」として位置づけられるものであり、これ単体で復職の可否が決まるわけではありません。

通勤訓練の進め方と期間の目安

 通勤訓練を実施する際の一般的な流れは以下の通りです。

  • ・主治医から「症状が概ね安定しており、通勤訓練を開始してよい」旨の見解を得る
  • ・会社が本人の同意を取ったうえで、開始日・頻度・期間を決定する
  • ・決められた時間に自宅を出発し、実際に職場の最寄り駅や事業所付近まで移動する
  • ・職場に立ち寄る場合も就業はせず、そのまま帰宅する
  • ・通勤にかかった時間や体調の変化を記録し、産業医や人事担当者に報告する

 期間の目安は企業や個人の状態によって異なりますが、平日を中心に1週間から2週間程度継続して実施するケースが多く見られます。往復の通勤に大きな支障がなく、翌日以降も継続して行える体力があることを確認できれば、次の段階である試し出勤制度に移行するのが一般的な流れです。

 なお、通勤訓練の期間中は基本的に「休職中」の扱いであり、労務の提供はしていないため、賃金は発生しないのが原則です。この点は運用前に本人へ明確に説明しておく必要があります。

通勤訓練と試し出勤制度の違い(比較表)

 両者の違いを整理すると、次のようになります。

項目 通勤訓練 試し出勤制度
目的 通勤という行為への耐性確認 職場での軽作業・滞在への耐性確認
実施内容 自宅〜職場付近まで移動し帰宅 職場に一定時間滞在し軽作業等を体験
業務への関与 なし 一部あり(軽作業・研修的業務など)
賃金の扱い 原則無給(休職中の扱い) 実態により無給・有給の判断が分かれる
労災の考え方 業務性が低く整理しやすい 実態次第で労働と評価される可能性あり
位置づけ 試し出勤制度の初期段階 通勤訓練を経た次の段階

 このように、試し出勤制度の方がより「実際の業務」に近づくため、法的な整理がより重要になってきます。

試し出勤制度とは

 試し出勤制度とは、休職中の従業員が正式な復職の前段階として、一定期間、実際に職場に出勤し、軽易な業務や短時間勤務を体験する制度です。

 通勤訓練が「通勤という行為そのもの」に焦点を当てているのに対し、試し出勤制度は「職場での滞在」や「業務への部分的な関与」まで踏み込む点が大きな違いです。この違いを理解しておくことが、両者を混同せずに制度設計を行ううえでの前提となります。

 試し出勤制度は、企業によって呼び方や運用に幅がありますが、一般的には次の3段階で整理されることが多くあります。

  • 模擬出勤:勤務時間と同様の時間帯に、自宅や図書館などで軽い作業や読書を行い、生活リズムを整える段階
  • 通勤訓練:自宅から職場付近まで実際に移動する段階
  • 試し出勤:職場に一定時間滞在し、軽作業や研修的な業務に触れる段階

 このように、試し出勤制度は通勤訓練よりも一歩進んだ、より実践的なリハビリテーションの位置づけとなります。

試し出勤制度を導入するメリット

 試し出勤制度を導入することで、企業と従業員の双方に次のようなメリットがあります。

  • ・本人が復職後の業務イメージを事前につかむことができる
  • ・産業医や人事担当者が、実際の職場での様子を観察したうえで復職判定を行える
  • ・段階的に負荷を上げることで、急激な環境変化によるストレスを軽減できる
  • ・早期の再休職リスクを低減し、長期的な就業継続につながる

 特に、復職の可否を「主治医の診断書」のみで判断してしまうと、実際に職場に戻った後で想定外の負荷がかかり、短期間で再び体調を崩してしまうケースも見られます。試し出勤制度を挟むことで、こうしたミスマッチを事前に発見しやすくなる点が大きな価値といえます。

試し出勤で行う業務内容の具体例

 試し出勤の段階でどのような業務を任せるかは、企業によって幅がありますが、一般的には以下のような軽易な内容から始めるケースが多く見られます。

  • ・資料の整理・ファイリングなど、判断を要さない単純作業
  • ・社内マニュアルや研修資料の閲覧
  • ・簡単なデータ入力(ミスがあっても業務に大きな支障が出ない範囲のもの)
  • ・チームミーティングへのオブザーバー参加(発言や意思決定は求めない)

 いずれの場合も、「本来の担当業務をいきなり任せる」のではなく、負荷を段階的に上げていくことが基本です。また、実施する業務内容や滞在時間は、産業医の意見や本人の状態を踏まえて、都度見直していくことが望まれます。

試し出勤制度導入における法的な注意点

 試し出勤制度を運用するうえで、最も慎重に検討すべきなのが法的な位置づけの整理です。

 試し出勤制度は休職期間中に位置づけられることが一般的ですが、実際に軽作業であっても業務に従事させる場合、労働基準法上の「労働」に該当するかどうかが問題になり得ます。労働に該当すると判断されれば、最低賃金を含む賃金支払い義務や、労災保険の適用関係が生じる可能性があります。

 賃金支払いの要否は、実施内容が実質的に「労働」と評価されるかどうかによって判断が分かれます。単なる職場滞在や、業務に該当しない軽微な作業にとどまる場合は、休職期間中の一環として無給とする運用も見られます。一方で、実質的に会社の指揮命令下で業務に従事させている場合には、労働基準法上の労働時間として扱われ、賃金支払い義務が生じる可能性が高くなります。判断にあたっては、以下のような観点から実態に即して整理しておくことが重要です。

  • ・本人が会社の指揮命令下に置かれているかどうか
  • ・作業の成果物が実際の業務に組み込まれているかどうか
  • ・出勤・退勤時刻や作業内容について会社側の管理が及んでいるかどうか

 これらの判断は個別の事情によって分かれるため、制度設計の段階から慎重に検討する必要があります。

制度設計時に規定しておくべき事項

 試し出勤制度をトラブルなく運用するためには、あらかじめ以下のような事項を就業規則や関連規程に明記しておくことが望ましいとされています。

  • ・試し出勤中の身分の取扱い(休職中の扱いであることの明記)
  • ・賃金の有無とその根拠
  • ・業務中に生じた事故や体調悪化への対応方法
  • ・体調悪化時にいつでも中止できる中断基準

 これらを曖昧にしたまま制度を運用すると、後々のトラブルや労使紛争の火種になりかねません。導入にあたっては、社会保険労務士や弁護士に相談しながら規程を整備することが推奨されます。

通勤訓練・試し出勤制度における産業医の役割

 通勤訓練・試し出勤制度を安全に運用するうえで、産業医の関与は欠かせません。産業医は主に以下のような役割を担います。

  • ・主治医の診断書だけでなく、日常生活の状況や生活リズムを踏まえて、通勤訓練・試し出勤の開始が適切かどうかを医学的な視点から評価する
  • ・訓練期間中の体調変化の報告を確認し、必要に応じて期間の延長や中断を助言する
  • ・試し出勤の段階における業務内容が、本人の回復状態に見合っているかをチェックする
  • ・最終的な復職の可否判断において、人事・上司と本人の間に立って調整を行う

 産業医が定期的に状況を把握することで、本人・会社の双方にとって「その場の空気」や「本人の遠慮」に流されない、客観的な判断が可能になります。

導入時に人事担当者が確認しておきたいチェックリスト

 通勤訓練・試し出勤制度を新たに導入する、あるいは既存の運用を見直す際は、次のような点を確認しておくとよいでしょう。

  • ・就業規則や復職支援に関する規程に、通勤訓練・試し出勤制度の位置づけが明記されているか
  • ・賃金の有無とその根拠(無給とする場合はその理由)が明確になっているか
  • ・業務中の事故やケガに備えた対応方針が整理されているか
  • ・体調悪化時にいつでも中断できる基準と、その際の連絡フローが定められているか
  • ・産業医・主治医・人事・本人の間で、情報共有のルールが明確になっているか
  • 試し出勤で従事させる業務内容が、実際の復職後の業務と大きく乖離していないか

 これらを事前に整理しておくことで、制度運用の途中で判断に迷う場面を減らすことができます。

通勤訓練と試し出勤制度の関係

 ここまで見てきたように、通勤訓練は試し出勤制度の中に含まれる、より初期段階の取り組みとして位置づけられます。まず通勤訓練で「通勤に耐えられるか」を確認し、次に試し出勤で「職場での軽作業に耐えられるか」を確認する。この段階的な流れを踏むことで、急激な環境変化によるストレスを避けながら、本人の状態に合わせた復職準備を進めることができます。

 両者はあくまで、企業が用意する復職プログラムという大きな枠組みの中に位置づけられるものです。復職プログラムの設計にあたっては、通勤訓練・試し出勤制度に加えて、リワークプログラム(医療機関やEAP機関が提供する職場復帰支援プログラム)との連携を検討する企業も増えています。産業医やEAP機関と連携しながら、自社の実情に合った運用ルールを整えていくことが、円滑な復職支援につながります。

本人への伝え方・心理的配慮のポイント

 通勤訓練・試し出勤制度は、あくまで復職に向けたリハビリテーションの一環であり、「評価・審査」のような色合いが強くなりすぎると、本人にとって大きな心理的プレッシャーとなってしまいます。特にメンタルヘルス不調から回復途中にある従業員にとって、「うまくできなければ復職が認められないかもしれない」という不安は、症状の再燃につながりかねません。

 人事担当者や上司が本人に説明する際は、次のような点を意識するとよいでしょう。

  • ・通勤訓練・試し出勤はあくまで「本人のための準備期間」であり、失敗しても不利益な扱いにはつながらないことを明確に伝える
  • ・体調が悪化した場合は、いつでも中断してよいことを繰り返し伝える
  • ・訓練中の様子を否定的に評価するのではなく、「どこまでできたか」「次に向けて何が必要か」という前向きな観点でフィードバックする

 このような配慮を欠いたまま制度を運用すると、本人が無理をして体調を崩してしまったり、逆に会社への不信感から本来の状態を正直に報告しなくなったりするリスクもあります。産業医やEAP機関とも連携しながら、本人が安心して取り組める環境を整えることが、結果的に円滑な復職につながります。

リワークプログラムとの違い

 復職支援に関連してよく比較されるのが「リワークプログラム」です。リワークプログラムとは、医療機関や地域障害者職業センター、EAP機関などが提供する、復職を目指す従業員向けの職場復帰支援プログラムを指します。デイケア形式でのグループワークや、生活リズムの立て直し、ストレス対処法の習得など、より専門的・医療的なアプローチが中心となります。

 一方、通勤訓練・試し出勤制度は、あくまで「自社の職場環境において」実際の通勤・業務にどの程度耐えられるかを確認する、企業側が主体となって行う取り組みです。リワークプログラムで生活リズムやストレス対処スキルを整えたうえで、最終確認として自社の通勤訓練・試し出勤制度を実施する、という組み合わせ方をする企業も多く見られます。

 どちらか一方だけで復職判断を行うのではなく、リワークプログラムと自社の試し出勤制度を組み合わせることで、より精度の高い復職判定が可能になります。

賃金・社会保険上の取扱いに関する補足

 試し出勤制度の運用にあたっては、賃金以外にも社会保険上の取扱いについて整理しておく必要があります。休職中は多くの場合、傷病手当金の受給対象となりますが、試し出勤によって賃金が発生する場合、傷病手当金の支給調整(賃金額に応じた減額など)が生じる可能性があります。

 また、試し出勤中に有給休暇を充当できるかどうかについても、企業の規程次第で取扱いが異なります。本人にとっては経済的な不安が復職への心理的ハードルになることも多いため、賃金・傷病手当金・有給休暇の関係について、事前にわかりやすく説明しておくことが望ましいでしょう。

よくある質問(Q&A)

Q1:通勤訓練と試し出勤制度は、必ず両方実施しなければなりませんか? A1:法律上、両方の実施が義務付けられているわけではありません。ただし、段階的に負荷を確認することで再休職リスクを下げられるため、多くの企業で組み合わせて運用されています。

Q2:試し出勤中に交通費は支給すべきですか? A2:法律上の明確な定めはなく、企業の規程次第です。無給の休職期間中の取り組みと位置づける場合でも、実費相当の交通費のみを支給する運用も見られます。制度設計時に取扱いを明記しておくことが重要です。

Q3:試し出勤中に体調が悪化した場合、労災の対象になりますか? A3:試し出勤の実態が「労働」と評価されるかどうかによって判断が分かれるため、一律には言えません。あらかじめ産業医・社会保険労務士等と相談し、中断基準や対応フローを規程化しておくことが望まれます。

Q4:試し出勤の期間はどのくらいが適切ですか? A4:企業や本人の状態によって異なりますが、数週間から1〜2か月程度をかけて段階的に実施するケースが一般的です。産業医の意見を踏まえながら柔軟に調整することが望ましいでしょう。

Q5:試し出勤中に傷病手当金は引き続き受給できますか? A5:試し出勤で賃金が発生する場合、その金額に応じて傷病手当金が調整(減額)される可能性があります。無給か有給かによって取扱いが変わるため、事前に加入している健康保険組合等に確認しておくことをおすすめします。

Q6:リワークプログラムと試し出勤制度は、どちらを優先すべきですか? A6:優劣の関係ではなく、役割が異なります。リワークプログラムで生活リズムやストレス対処スキルを整えたうえで、自社の試し出勤制度で「実際の職場」への適応を確認する、という組み合わせが一般的です。

Q7:本人が「早く復職したい」と焦って通勤訓練を短縮したいと言ってきた場合、どう対応すべきですか? A7:本人の意向だけで判断せず、産業医の意見を踏まえて対応することが重要です。焦りから無理に復職を急ぐことは、再休職のリスクを高める要因にもなり得るため、記録された体調変化のデータをもとに、客観的に判断することが望まれます。

まとめ

 通勤訓練と試し出勤制度は、いずれも休職中の従業員が円滑に職場復帰するための重要なステップですが、目的も法的な位置づけも異なります。通勤訓練は「通勤という行為への耐性」を、試し出勤制度は「職場での業務への耐性」を確認するものであり、両者を正しく理解したうえで段階的に活用することが、無理のない復職支援につながります。

 特に試し出勤制度については、賃金や労災保険の扱いを曖昧にしたまま運用すると、後々の労使トラブルにつながりかねません。就業規則や関連規程を整備し、産業医・社会保険労務士等の専門家と連携しながら制度を設計することが重要です。

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