2026年、40年ぶりの労基法大改正はほぼ白紙に? 働き方改革は後退するのか

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「約40年ぶりの大改正」として注目を集めてきた労働基準法の見直しが、当初想定されていた2026年の通常国会への法案提出という形では実現しない見通しとなりました。SNSや一部報道では「働き方改革が後退した」「残業規制が緩んだ」といった受け止め方も広がっていますが、実際に何が先送りされ、何がすでに変わったのかを整理すると、状況はやや複雑です。本稿では、労働基準法改正をめぐるこれまでの経緯と、20269月から実際に始まった監督指導の運用見直しについて、一次資料をもとに整理します。

 

そもそも、なぜ「40年ぶり」なのか

労働基準法は1947年の施行以来、労働時間規制の骨格を大きく変えないまま運用されてきました。1987年の改正では法定労働時間が週48時間から週40時間へと段階的に短縮され、これが直近の抜本改正として位置付けられています。その後、2019年には働き方改革関連法によって時間外労働の上限が初めて法律に明記されましたが、これは既存の36協定の枠組みを前提とした改正であり、労働時間規制そのものの構造を見直すものではありませんでした。今回議論されてきた見直しは、この1987年以来続く基本構造に手を入れるものであったことから、「約40年ぶりの大改正」と呼ばれています。

 

発端労働基準関係法制研究会報告書が示した論点

今回の議論の出発点は、厚生労働省の「労働基準関係法制研究会」が202518日に公表した報告書です。同研究会は、フリーランスやギグワーカーの増加、テレワークの普及、副業・兼業の広がりなど、労働基準法制定当時には想定されていなかった働き方の多様化を踏まえ、時間外労働規制のあり方を長期間にわたり検討してきました。報告書で示された主な論点は、次のように多岐にわたります。

一つ目は、連続勤務日数の上限規制です。現行法には休日について週1日または44日という最低基準はあるものの、連続勤務日数そのものを直接制限する規定はありません。そこで、14日以上の連続勤務を禁止する方向性が示されました。二つ目は、勤務間インターバル制度の義務化です。現行では努力義務にとどまっている終業から次の始業までの休息時間の確保について、一定時間の確保を義務付けることが検討されています。三つ目は、法定休日の特定です。現在は「44日」などの形でどの日を休日とするかが必ずしも明確でない事業場があることから、休日を具体的に特定させる方向性が示されました。

四つ目は、週44時間特例の廃止です。商業・サービス業などの一部業種では、常時使用する労働者が10人未満の事業場について週44時間までの労働が認められる特例が設けられていますが、この特例を廃止する方向性が論点となっています。五つ目は、副業・兼業時の割増賃金の通算方法の見直しです。複数の事業場で働く労働者について、労働時間を通算して割増賃金の算定を行う現行の仕組みは実務上の負担が大きいとされ、より簡素な算定方法への見直しが検討されています。六つ目は、有給休暇取得時の賃金算定方式の見直しで、平均賃金方式から通常の賃金方式への一本化などが論点となっています。そして七つ目が、勤務時間外の連絡への対応を制限する「つながらない権利」に関するガイドラインの策定です。これらの論点をもとに、2026年の通常国会に約40年ぶりとなる抜本改正法案が提出される見通しとされていました。

 

高市政権による方針転換

しかし、202510月に発足した高市早苗政権は、これまでの「労働時間規制の強化」という方向性とは異なる姿勢を打ち出しました。高市首相は施政方針演説などで「柔軟な働き方の拡大に向けた検討を進める」と述べ、日本成長戦略会議や規制改革会議を中心に、労働時間規制のあり方を改めて議論する流れが生まれています。研究会報告書が示した内容は主に労働者の健康確保や過重労働防止を軸とした規制強化の方向性でしたが、政権としては、多様な働き方の推進や企業の柔軟な人員配置といった観点からの見直しも求める姿勢に転じており、労使双方の意見を踏まえた再整理が必要になったことが、法案提出見送りの背景にあるとみられます。

厚生労働省は20251226日の会見で、2026年通常国会への労働基準法改正案の提出を見送る方針を明らかにしました。見送りの背景には、労働政策審議会などにおいて「多様な働き方の推進」と「過重労働の防止」という二つの要請を両立させることの実務上の難しさが浮き彫りになったことも関係しているとみられます。もっとも、これは論点そのものが撤回されたことを意味するものではなく、労働政策審議会の労働条件分科会や労働市場改革分科会では2026年に入ってからも審議が継続されています。令和9年度の厚生労働省予算の概算要求関係資料においても、働き方改革の推進に関連する事業や、労働基準監督体制の整備に関する予算要求が盛り込まれており、制度そのものへの取り組みが完全に止まっているわけではないことがうかがえます。現時点での見通しとしては、2027年以降の通常国会での法案提出、そしてその後の段階的な施行が想定されており、「白紙」というよりは「先送り」と表現する方が実態に近いといえるでしょう。

 

実際に動いたのは「指導の運用」―20269月からの見直し

法改正そのものが足踏み状態にある一方で、企業の労務管理に直結する変化はすでに始まっています。厚生労働省は2026819日、「時間外労働等に係る相談・支援及び監督指導を見直します」と題する報道発表を行い、202691日から新しい運用を適用しました。

これまで、労使が36協定に加えて特別条項を結ぶことで、月45時間を超える時間外労働が法律上可能になっている事業場に対しても、労働基準監督署は理由を問わず一律に月45時間以内へ削減するよう指導を行ってきました。時間外労働が月45時間を超えると過重労働と健康障害との関連性が強まるとの医学的知見が、この一律指導の根拠とされていました。

20269月からは、この時間数のみに着目した一律的な指導のあり方を見直し、代わりに36協定で定められた「健康及び福祉を確保するための措置」が実際に機能しているかどうかを重点的に確認する方向へと運用が変わります。健康確保措置の実施状況に応じて必要な指導を行い、過重労働による健康障害のリスクが高いと判断される事案については、引き続き厳正に対応するとされています。あわせて「働き方改革推進支援センター」に専門窓口が設けられ、36協定の適切な締結や柔軟な労働時間制度の活用に関する相談・支援体制の強化、アウトリーチ型の訪問支援なども進められる予定です。

 

変わらないこと時間外労働の法定上限

ここで押さえておくべき重要な点は、時間外労働の法定上限そのものが変わったわけではないということです。労働基準法上、時間外労働は原則として月45時間・年360時間までとされています。臨時的な特別の事情がある場合に限り、労使の合意(特別条項)によって時間外労働を延長することができますが、その場合でも、年720時間以内、複数月平均(2か月・3か月・4か月・5か月・6か月のいずれの平均でも)80時間以内、単月では休日労働を含め100時間未満という上限を超えることはできません。さらに、月45時間を超える延長が認められるのは年6回までという回数制限も維持されています。建設事業や自動車運転業務、医師など一部の業種については、これとは異なる上限や適用猶予・例外が設けられており、該当する企業は一般則だけで判断せず、業種別の規定を確認する必要があります。今回変わったのは、あくまでこの法定の枠組みの中で、労基署が現場に対してどのような着眼点で指導を行うかという運用面にとどまり、上限規制そのものの廃止や緩和ではありません。

 

「規制緩和」なのか「実態重視」なのか受け止め方の分かれ目

「規制が緩んだ」という受け止め方がSNSなどで広がっている一方、社会保険労務士など実務の専門家からは異なる見方も示されています。健康確保措置が協定上は定められていても形だけのものになっていたり、特別条項を発動する際に定められた手続き協定の締結当事者間での「協議」「通告」といった具体的な手続きを経ずに時間外労働をさせていたりする場合には、一律指導の対象からは外れても、協定違反や健康確保措置の不履行として、むしろ従来より踏み込んだ是正勧告の対象になり得るとの指摘です。手続きを経ずに上限を超える時間外労働をさせていた場合には、法定上限とは別に協定違反として是正勧告の対象となり得ます。「一律でなくなること」と「指導されなくなること」は別物であるという点は、企業として正しく理解しておく必要があります。実際、厚生労働省の報道発表においても、重大・悪質な事案に対しては引き続き厳正に対応する方針が明記されており、規制の水準そのものを下げる趣旨ではないことが強調されています。

 

企業が確認すべき「健康確保措置」の中身

今回の運用見直しを踏まえ、企業がまず点検すべきは自社の36協定の中身です。特別条項には、時間外労働の上限に関する定めとあわせて、労働者の健康及び福祉を確保するための措置に関する合意を盛り込むことが求められています。具体的な選択肢としては、勤務間インターバルの確保、深夜業の回数制限、代償休日または特別な休暇の付与、健康診断や産業医による面接指導の実施、心とからだの健康問題についての相談窓口の設置などが挙げられます。協定書にこれらの措置を記載しているだけでなく、実際に運用され、実施記録が残されているかどうかが今後の確認ポイントになります。特に、月80時間を超える時間外・休日労働を行った労働者については、本人の申出により医師による面接指導を実施する体制が整っているか、そして常時50人以上の労働者を使用する事業場であれば衛生委員会での調査審議を通じて、50人未満の事業場であれば労働安全衛生規則に基づく関係労働者からの意見聴取を通じて、こうした措置の実効性を定期的に点検していく体制を整えておくことが望まれます。

 

企業の実務チェックポイント

これまでの整理を踏まえると、企業が今から準備しておくべき点は大きく三つに整理できます。一つ目は、36協定と特別条項の内容を再点検し、健康確保措置として選択している内容が実態に即しているかを確認することです。二つ目は、限度時間を超えて労働させる際の発動手続きが、協定に定めたとおりに履践されているかを確認することです。三つ目は、労働時間の把握方法を点検し、テレワークやフレックスタイム制のもとでも客観的な記録に基づいた管理ができているかを確認することです。自己申告だけに依存した労働時間管理には、実態との乖離というリスクが伴います。客観的な労働時間データと自己申告を組み合わせて実態を把握できる体制を整えておくことも、今回の運用見直しに対する実務的な備えとして有効です。

 

多様な働き方と国際的な視点

今回の一連の議論の背景には、フリーランスやプラットフォームワーカーの増加という働き方の多様化があります。国際労働機関(ILO)では、プラットフォーム経済における労働者の権利保護を目的とした条約に関する議論が進められており、雇用契約によらない働き方が広がる中で、健康や安全をどのように確保するかは日本国内に限らない共通の課題となっています。日本の労基法改正論議においても、副業・兼業時の労働時間や割増賃金の通算方法、フリーランスとして働く人への安全配慮のあり方などが論点として挙げられており、今後の審議の行方が注目されます。中小企業やフリーランスとして働く人にとっては、法改正の動向だけでなく、こうした国際的な議論の方向性も、将来の制度設計を見通す上での参考材料になるといえるでしょう。

 

労使双方の受け止め方

今回の見直しをめぐっては、労使双方から様々な声が上がっています。経営側や一部の国会議員からは、労働時間規制は労働者の健康確保を目的とする一方で、個人の多様な働き方や企業活動への影響も考慮する必要があるとして、一律の規制強化ではなく、健康確保を前提としながら労使の合意に基づく柔軟な働き方を実現することが重要だとする受け止めが示されています。一方で、長時間労働と脳・心臓疾患や精神障害との関連性を指摘する声も根強く、週55時間以上の労働で脳卒中の発症リスクが高まる、あるいは虚血性心疾患の発症・死亡リスクが高まるといった医学的知見を踏まえ、運用の見直しが実質的な長時間労働の容認につながらないかを懸念する意見も出されています。厚生労働省としては、健康確保措置の実効性を重点的に確認する体制へと切り替えることで、こうした懸念に対応する構えを見せていますが、実際の運用が現場でどのように機能するかは、今後の監督指導の実績を通じて検証されていくことになりそうです。

 

よくある疑問に答える

最後に、今回の見直しに関してよく挙がる疑問について整理しておきます。まず、「月45時間という上限自体がなくなったのか」という点については、なくなっていません。原則である月45時間・年360時間という法定の上限は維持されており、特別条項による延長も年720時間や複数月平均80時間などの上限の範囲内でしか認められません。次に、「就業規則や36協定の様式を変更する必要があるのか」という点については、今回の見直しはあくまで労基署による指導の運用に関するものであり、直ちに協定の様式変更が義務付けられるものではありません。ただし、健康確保措置の実効性が今まで以上に確認される以上、協定の内容が形骸化していないかを点検しておくことは実務上重要です。また、「対象となるのはいつからか」という点については、202691日から新しい運用が適用されており、すでに現在進行形で始まっています。

 

今後のスケジュール見通し

現時点で公表されている情報を整理すると、20269月からの監督指導の運用見直しはすでに実施段階に入っている一方、法改正そのものについては、労働政策審議会での審議が継続中であり、2027年以降の通常国会での法案提出、その後の段階的な施行が想定される展開となっています。ただし、政権の方針次第で議論の方向性やスケジュールが変わる可能性は引き続きあり、企業としては今後の審議会での議論や報道を継続的に注視していく必要があります。

 

産業保健の観点から見た今回の見直し

今回の運用見直しは、産業保健の実務にも一定の影響を及ぼすと考えられます。健康確保措置の実効性が重点的に確認される以上、産業医による面接指導や衛生委員会での調査審議が、これまで以上に「実施した記録」として整備されている必要があります。月80時間を超える時間外・休日労働を行った労働者に対する面接指導は、労働安全衛生法上すでに事業者の義務あるいは努力義務として位置付けられていますが、実際には対象者への周知不足や、産業医への情報提供の遅れなどにより、制度が十分に機能していない事業場も見られます。過去の監督指導結果でも、時間外・休日労働が100時間を超える労働者が把握されていたにもかかわらず、産業医への情報提供がなされておらず、衛生委員会も開催されていなかった事例が是正勧告の対象となったケースが報告されています。健康確保措置を「協定に書いてあるだけ」の状態から、実際に機能する仕組みへと引き上げていくためには、人事労務部門と産業医、衛生委員会が連携し、時間外労働の実績データを定期的に共有できる体制を整えることが欠かせません。ストレスチェックの結果や高ストレス者への対応状況とあわせて、長時間労働者の健康管理を一体的に運用していくことが、今後の監督指導への対応という観点だけでなく、労働者の健康保持という本来の目的に沿った取り組みにもつながります。

 

2019年の働き方改革関連法との違い

今回の議論をより正確に理解するためには、2019年に施行された働き方改革関連法との違いを押さえておくことも有益です。2019年の改正では、それまで行政指導のよりどころにとどまっていた時間外労働の上限(月45時間・年360時間、特別条項でも年720時間などの上限)が、罰則付きで法律に明記されました。これは、36協定という枠組み自体を変えるものではなく、その枠組みの中での上限を初めて法定化したという意味で、規制の「強化」に位置付けられます。これに対し、今回検討されてきた抜本改正は、連続勤務日数の規制や勤務間インターバルの義務化など、36協定の枠組みそのものや、労働時間規制の前提となる考え方に踏み込む内容を含んでいる点が異なります。いわば、2019年改正が「既存の枠の中での上限設定」であったのに対し、今回の議論は「枠組みそのものの見直し」を目指すものであり、その分だけ論点が多岐にわたり、労使間の意見調整にも時間を要していると考えられます。こうした背景を踏まえると、今回の法案提出見送りは、拙速な制度設計を避け、より丁寧な議論を積み重ねるための時間的猶予と捉えることもできるでしょう。

 

まとめ「白紙」ではなく「一時停止」、備えは今から

40年ぶりとされた労働基準法の抜本改正は、2026年の法案提出という当初のシナリオからは後退し、政権交代に伴う方針転換もあって先行きは不透明な状況にあります。とはいえ、連続勤務の上限や勤務間インターバルの義務化といった論点自体が消えたわけではなく、労働政策審議会での議論は継続しています。企業としては、法改正の行方を注視しつつも、まずは20269月から始まった監督指導の運用見直しに対応することが優先課題となります。時間外労働の数字だけを追うのではなく、健康確保措置の実効性、36協定の手続きの適正性、そして労働時間管理の客観性という三つの観点から、自社の労務管理を今一度点検しておくことが、今後どのような形で制度が見直されるとしても対応できる土台づくりにつながるはずです。

【内容を短く要約】

「40年ぶりの労基法大改正」は2026年の法案提出が見送られただけで、論点自体は消えておらず、2027年以降に先送りされた状態です。

  • 一方、2026年9月からは労基署の指導運用が変わり、「残業月45時間」への一律削減指導はやめて、代わりに36協定の健康確保措置がちゃんと機能しているかを重点チェックする方式になりました。
  • ただし残業の法定上限(月45時間・年360時間、特別条項でも720時間等)自体は変わっておらず、「規制緩和」というより「指導の物差しが時間数から実態重視に変わった」というのが実態です。