精神科産業医の選任=メンタルヘルス対策?【会社の人事担当者に知って欲しいこと】

 更新日:2023年12月19日

  会社がメンタルヘルス対策を実施するために、人事担当者がまず考えることが産業医への依頼ではないでしょうか。事業場労働者数が50名を超えた会社では嘱託産業医を選任する義務があります。また、事業場労働者数が50名未満の会社でも、メンタルヘルス対策を行うために、産業医の選任をする前向きな会社も増えてきました。

では、産業医を選任する際に、どういった産業医を選んだら良いのでしょうか。メンタルヘルス対策が重要視されている昨今、「メンタルヘルス対策のためにどうしても精神科の産業医を選任したい」という会社が増えています。メンタルヘルス対策を行う上で、精神科の産業医を選任することが利点になることもあります。しかし、「メンタルヘルス対策」=「精神科の産業医を選ぶこと」という認識で安易に【精神科】と絞って産業医を選んでしまうとトラブルの原因になります。

トラブルを引き起こしてしまう原因には、会社側が誤って認識してしまっていることがあります。

【会社側が誤って認識してしまっていること】

①精神科産業医の選任=メンタルヘルス対策

②精神科産業医であればメンタルヘルス不調者を治療してくれる

③精神科産業医ならば復職可能判断を正しく見極めることができる(再休職させない)

というものがあげられます。一つずつ見ていきましょう。

①精神科産業医の選任=メンタルヘルス対策

基本的に、産業医一人で職場のメンタルヘルス対策を全てこなすことは不可能です。メンタルヘルス対策とは、人事担当者、管理監督者、産業医、産業保健スタッフ、事業外専門機関などが連携し合って、長く時間をかけて行っていくものです。しかし、会社側は「精神科の産業医を選任したのだから、自分の会社はメンタルヘルス対策は十分である」と考え、産業医に対してメンタルヘルス対策を丸投げしてしまうことが多く見受けられようになりました。

                                    

そもそも産業医の行える職務範囲には限界があります。メンタルヘルス領域において産業医が関われることは、ストレスチェック実施者、高ストレス者面談、過重労働者面談、休職・復職判定面談、職場改善指導、人事担当者・管理監督者からの相談対応などです。基本的に労働者が産業医との面談を行うには会社側の許可が必要なため、担当者に面談の希望を申請しなくては実施できません。

また、産業医はあくまでも労働者側と会社側との中立的な立場でいなくてはならず、どちらか一方(労働者側、会社側)の意見に偏ってはいけません。匿名相談、カウンセリング、などは行うことはできず、また、ハラスメント相談を苦手とする産業医も多いのが現状です。これらを踏まえて、産業医だけにメンタルヘルス対策を全て任せるという考え方は間違っています。

②精神科産業医であればメンタルヘルス不調者を治療してくれる

産業医と聞くと、医師であるため、「病気を治療してくれる」というイメージを持ちがちです。しかし、産業医は治療・医療行為はできません。産業医は会社側と労働者側との中立的な立場でいなくてはならないため、患者側に寄り添う「治療」はできないのです。

精神科の産業医であっても、うつ病の可能性がある労働者に対しては、精神科に行くように勧めます。産業医側がメンタルヘルス不調の労働者に対して「うつ病です。」と診断をし、薬を処方することはできません。これは精神科のケースに限りません。内科の産業医であっても、体の不調を訴える労働者を産業医が治療してはいけません。内科に行くように勧めます。

産業医を選任する前にあらかじめ理解しておかなくてはならないことは、臨床医と産業医では役割が異なるということです。

③精神科産業医ならば復職可能判断を正しく見極めることができる(再休職にさせない)

これは精神科の産業医と会社側でトラブルがよく起るケースです。主治医から復職可能判断が出た後、産業医を選任している会社では、産業医による復職判定の面談を実施します。産業医は職場状況、主治医からの情報、労働者の意見などを踏まえた上で、復職可能かの判断をします。しかし、実際に復職許可を出してみると、すぐに休職してしまうケースが多々あります。しかし、会社側は「精神科の産業医であるのに復職可能の判断を誤るのか」「精神科医として実力がない」と産業医を責めてしまいます。

                                   

医師でも判断を間違えてしまうことがある、ということではなく、精神科産業医であっても、精神科臨床医としての視点からではなく、産業医としての視点から診るので、働けるほど労働者が回復していなかった、という場合は、再休職になってしまう可能性もあるのです。労働者の治療を行っているのは、主治医であり、その主治医が復職可能と判断した場合、産業医側は「本人の体調だけを考慮すると仕事ができる状態まで回復した」と考えます。

そこから、産業医は、現在の労働者の体調と従事する仕事の内容から「今の職場で働けるまでの体調かどうか」を判断し、復職可能判断をします(主治医からは、働いている職場の状況や仕事内容は労働者の情報からしかわからないため)。しかし、約1時間という短い面談の中で、情報量が少ない中、実際に労働者が職場復帰をして再休職しないかどうかを正確に判断するのはとても難しいのです。

産業医側も常に労働者の体調を診ている訳ではないですし(治療ができないため)、また、主治医も実際に復職する職場状況・仕事内容を把握している訳ではありません。また、休職している労働者本人も実際に職場復帰してみないことには、働けるかどうか分からないのです。

しかし、会社側としても該当労働者が再休職することで現場に混乱が起こってしまい、産業医を責めてしまう気持ちもわかります。そして、既存の産業医との契約を解除し、次の産業医を選ぶ際は「復職可能判断を確実にできる精神科産業医」「会社側の意見を聞いてくれる精神科産業医」と要求が厳しくなってしまうのです。「会社側の意見を聞いてくれる産業医」とは少しでも不安要素があった場合、復職させないようにしてくれる産業医ということです。

これを避けるには、【主治医の復職可能判断⇒産業医による面談⇒復職】と職場復帰までの手順を簡易的にするのではなく、リワークなどを取り入れ、実際に職場復帰が可能なのかを確認していく必要があります。また、労働者との面談主治医と産業医との連携など、産業医面談を行う際の情報を多くすることも必要です。

さらに、注意すべきことは、職場復帰後すぐに今まで通りの勤務時間や仕事量で働かせてしまう会社もありますが、そうではなく、半年や1年をかけて徐々に仕事量を戻していく必要があります。

会社側として最も休職者に対して多い悩みは、実際に復職させたにも関わらず、すぐに休職してしまうことです。現場も混乱してしまうため、会社が頭を抱えるのも無理ないでしょう。そのために、無理やり(万全な状態でないにも関わらず)職場復帰させるくらいであれば、もっと長く休んでいて欲しいというのが本音です。

そのため、産業医面談に全てを委ねるような形になってしまいますが、職場復帰支援もメンタルヘルス対策の一部ですので、①で説明したように様々な人が関わり合って連携をおこなっていく必要があるのです。

                                   

【産業医の仕事領域は年々増えていっている】

産業医活動は時代に沿って変わってきています。今までは、産業領域ではどちらかというと体の健康に関する事柄に焦点が当てられていました。しかし、2014年6月の安全衛生法の改正でストレスチェック制度が義務付けられ、メンタルヘルス領域も重視する必要が出てきました。

                                                

そのため、産業医は、身体的な健康問題からメンタルヘルス問題まで幅広く取り扱わなくてはならなくなりました。こうなると、事業主は、自分の会社がどういった問題が起こりやすい業種かを考え、それに対して身体的な問題が起こりやすい場合は、「内科医」、精神的な問題が起こりやすい場合は、「精神科医」と、専門医としての視点から産業医を選ぼうとします。確かに専門医としての知見が活かされる場面はあります。しかし、産業医はあくまで「職場の医師」であり治療などを行う臨床医とは異なります。産業医と臨床医は別であることを、会社側も産業医側もきちんと理解し、境界線を間違えないようにしなくてはなりません。

【では、どういった産業医が良いのか?】

では、産業医を選ぶ上でどういった観点から選ぶのが良いのでしょうか。臨床医として優れていることと、産業医として優れていることは必ずしも一致しません。産業医を選ぶ際には、「産業医活動に熱心に取り組んでいる」、「産業医としての経験が豊富」、「会社側との相性が合う」「会社側とのコミュニケーションがしっかりと取れる」「労働衛生コンサルタントを所有している」などを考慮して選ぶと良いでしょう。

                                

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