産業医における休復職者支援
更新日:2024年4月05日
休復職者支援とは、傷病等により長期休業していた労働者の復職のための支援を、事業所側が行う支援活動です。事業所における過去1年間に連続1か月以上休業した労働者の割合は0.4% となっており、事業所規模が大きくなるほどその割合は高くなっています。特にメンタルヘルス不調により連続1ヶ月以上休業又は退職した労働者がいる事業所の割合は、8.1%となっています(参照:「労働安全衛生調査」(平成30年))
1.職場のメンタルヘルスと労働生産性
労働者の円滑な職場復帰・再適応を支援することは、事業所経営にとって、貴重な労働力の維持・活用を計るという観点からも極めて重要な課題といえます。
事業所における健康経営によると、労働者のメンタル不調によって、労働生産性が5割減るとされています。さらに、労働者のメンタル不調が「生産性を下げる要因」の第1位となっています(参照:「健康日本21推進フォーラムの「疾患・症状が仕事の生産性等に与える影響に関する調査」)
実際に労働者が健康になれば、労働者の欠勤、休職などによる生産性低下を防止します。欠勤や休職が生じれば出勤した労働者や残った労働者の負担が重くなり、健康を害するリスクが高まります。不調が生じても、人員が減っている状況ではそうした労働者は休みを取りにくく、人的ミスの多発や労働災害も懸念されます。
産業医における休復職者支援は、労働者本人にとってのみではなく、事業所側においても大変重要なポイントとなります。
2.就業規則における休復職制度
産業医を守るためには、就業規則・労働契約書に「休職制度」を明記することが重要です。
しかしながら、就業規則・労働契約書を作成するにあたって基準となる「労働基準法」や「労働契約法」には、休職に関する規定はありません。休職や復帰に関する制度を設けるかどうかや、休職の定義、休職期間の制限、復職等は、会社の判断で自由に決められます。
一方で、休職制度を就業規則・労働契約書に定めておくと、休職者が出たときにスムーズな対応が可能です。また、従業員とのトラブル防止にもつながります。従業員を守るためだけではなく、会社と産業医を守るためにも不測の事態に備えて会社できちんと取り決めを作っておくことが必要です。
規定する項目は下記のような点を記載します。
・休職事由
・休職期間
・休職期間中の給与・賞与
・休職期間中の報告義務、療養専念義務
・復職の決定
・リハビリ勤務制度等
・休職期間満了時の自然退職
・休職期間の通算方法
3.休職開始前の対応方法
実際に休職開始になる前までの早めの対処が重要となります。産業保健スタッフ・人事労務管理スタッフ・職場が連携してメンタルケアを実施していきましょう。最悪の結末を未然に防げる可能性が高くなり、万が一、休職開始した場合にも事前に労働者との関係性を構築しておくとスムーズな復職へつながります。
主治医の所見を踏まえ、本人が勤務を継続することが難しいと産業医が判断した場合には、人事部門長への医学的専門所見を述べます。最終的な休職指示・決定は事業所側で行ないます。
①本人に対するケア
本人が日頃よりストレス症状を自覚し、訴えがある場合には、産業医より本人の心身状況・治療状況・服薬状況を確認し、必要に応じて医療機関への紹介状を発行します。本人の判断能力が低下している場合には、産業保健スタッフが本人同意の上で代理で病院予約をとり、早めの医療機関受診予約を行ないましょう。職場での状況や体調不良の状況を詳細に伝えるために、産業保健スタッフによる医療機関への同行受診を行なうことも検討します。
主治医の診断結果を踏まえ、必要があれば事業所側にて休職を促します。
②人事労務管理スタッフとの連携
休職開始前にも人事労務管理スタッフとの連携が必要です。必要な情報を収集します。
・本人の直近の勤務状況として、直近3か月での遅刻・欠勤・早退が発生していないか
・長時間労働(月100時間以上)はないか
・人事部門に対する相談はなかったか
③職場上司との連携
日頃の労働者本人を一番身近にみているキーパーソンとなります。本人の訴えに加え、客観的な情報を得ることも重要です。この時点で職場環境に問題がある場合には、職場の配置転換や業務改善を行ない、労働者が働きやすい職場を整えることも必要です。
・職場内で人間関係のトラブルはなかったか
・仕事のミスや、パフォーマンスが落ち込んでいなかったか
・辞めたい、仕事に行きたくない、つらいなどの本人からの訴えはなかったか
4.休職から復職までの5ステップ
休職を開始してから復職までの流れをみていきましょう。
労働者が円滑に職場復帰を行なうために、休業から復職までの流れをあらかじめ明確にしておきます。
職場復帰支援に関する体制を整備・ルール化することで、労働者が安心して療養に専念・スムーズに復職することにつながり、会社側とのトラブル回避につながります。衛生委員会で審議し、会社の就業規則・職場復帰支援プログラム・マニュアルの策定を行ないます。
休職から職場復帰までのプロセスは以下の5つの流れとなります(参照:厚生労働省「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き)
①病気休職開始
休職開始時には、労働者から会社側への「主治医からの診断書」を提出してもらいます。
診断書には、診断名・いつまでの期間の療養期間が必要かを明記してもらいましょう。診断内容は、人事・職場管理監督者・産業保健スタッフ間で共有を行ないます。
最終的な休職指示・決定権は事業所側となります。
休職の必要性を認めた場合、労働者に対し、休職開始に伴う事務手続き、職場復帰支援の流れ、休職の給与手続き(傷病手当金申請)に関する情報提供を行ないましょう。その際に書面で「休復職の流れ」を本人に手渡すことも有効です。事前に会社側で作成しておきましょう。
②休職中の支援
休職期間中は、本人の様子を直接見ることができないため、症状の程度が把握できなくなります。休職中の労働者の立場でも、事業所との連絡手段を設けておくことは安心感をもたらす効果があると考えられます。会社・労働者双方において「休職期間中の定期報告」は非常に重要です。休職期間中は月に1回程度「休職報告書」を会社側へ書面を郵送・提出してもらうことが有効です。
休職期間中の定期報告内容
・治療経過
・通院状況
・服薬状況
・1日の過ごし方(生活リズム)
・食事・睡眠
・困っていること、不安に感じていること
・産業医面談の希望の有無
会社からの必要以上に連絡が多いととかえってストレスを溜めてしまいます。また、連絡を取り合う担当者をあらかじめ決めておくと良いでしょう。
休職期間中に産業医面談を行なう場合には、体調面を配慮し、事前に面談可否について主治医の同意を得た上で実施します。留意点は下記のとおりです。
・頻度としては月1回程度
・短時間での面談(本人の負担がない程度で30分程度)
・プライバシー(面談場所)配慮
・体調不良時は柔軟に面談日変更を
③主治医による職場復帰の判断
本人の職場復帰の意思がある場合、主治医より「職場復帰可能の診断書」を提出してもらう必要があります。その際に就業上配慮すべき点はないかを診断書に記載してもらうように依頼します。産業医により、日常生活における病状回復のみではなく、就業する上での業務遂行能力に問題がないか精査します。
④職場復帰の可否の判断および職場復帰支援プランの作成
主治医より「職場復帰可能の診断書」が提出された後に職場復帰の可否を検討します。
産業保健スタッフ・人事部門・職場管理監督者が連携して情報収集を行ない、さまざまな視点から評価し、総合的に職場復帰の可否を適切に判断していきます。
最終的な就業可否の判断は事業所側判断となります。
判断基準として、下記の情報を把握しておきましょう。
・労働者の職場復帰への意思
・主治医からの職場復帰可能の診断書
※ 診断書内容のみでの判断が難しい場合には主治医へ「診療情報提供依頼書(本人同意サインを記載)」を発行し主治医からの詳細な情報や意見を収集します
・治療状況、病状の回復状況
・休職期間中の過ごし方
・生活リズムが整っているか
・復帰に向けた準備状況
・職場復帰する職場の環境(職場側による支援・受入れ準備・職場復帰の阻害要因の有無)
・家族の支援状況など
上記の内容を把握し、休職者本人・産業医・産業保健スタッフ・人事部門・職場管理責任者で「復職面談」を行ない職場復帰が可能かを判断します。
面談では、復職意思はあるか、心身健康状態、生活リズムが整っているか、業務遂行能力はあるか、職場の受入れ体制は万全化を確認していきます。本人に聞き取りを行ないつつ、各担当者へ状況を共有します。
休職者は復職に対して焦りを感じ、万全に体調が整っていないにも関わらず、復職を希望するケースもあります。復職体制が整っていない場合には、復職したにも関わらず再度休職延長することとなり、本人の自信喪失へとつながってしまいます。慎重に情報を精査し、職場復帰の可否を判断する必要があります。
職場復帰が可能とされた場合、下記の項目を検討した職場復帰支援プログラムを策定します。いきなり休業前と同じ業務内容に戻るのではなく、本人の状況に合わせて無理のないプランを作成し、「慣らし勤務」として段階的に仕事の負荷を上げていき、元の就業状態に戻していきます。
職場復帰支援プログラム内容は「産業医意見書」として発行し、人事部門・職場管理監督者へ共有を行ないましょう。
プログラム内容の項目は下記のとおりです。
・職場復職日
復職日当日の集合時間・就業場所を本人に明確に伝えましょう。無理なく復職を導入していくため、週の真ん中の水曜日に復職日を設定することも有効です。
・職場(管理監督者)による就業上の配慮
業務内容、サポート内容、軽作業や定型業務への従事、危険作業、運転業務、高所作業、窓口業務、苦情処理業務などを制限、治療上必要な配慮(通院日等)
・人事労務上の対応
職場異動、配置転換の必要性・時間外労働制限、出張制限、交替勤務制限
・産業医による医学的所見
職場復帰支援、安全配慮義務に関する助言
・フォローアップ
産業保健スタッフによるフォロー方法、復職後産業医面談の設定、就業制限の見直し時期、
・試し出勤(出社訓練)制度の利用
・事業場外資源(リワーク制度)の利用
⑤職場復帰後のフォローアップ
職場復帰後は、定期的に産業医・産業保健スタッフとの面談を設定しフォローアップを行ないます。日々の就業状況(欠勤・遅刻・早退はないか)、業務内容、体調の変化を記載した「一週間の業務報告書」を提出してもらうとよいでしょう。
職場復帰後のアセスメントのポイントは下記の通りです。
・疾患の再燃再発、新しい問題が起きていないかの確認
・治療状況の確認
・主治医との連携
・勤務状況
・業務遂行能力
・職場復帰支援プログラムの遂行状況
職場復帰後も職場管理監督者・人事労務管理スタッフとの連携が必要です。必要に応じて担当間の面談を行ないましょう。
5.リワーク支援
リワークとは、return-to-work(復職)の略語です。
リワーク支援とは、うつ病をはじめとしたメンタルヘルスの不調などで休職している労働者が、復職復帰する際の支援・リハビリテーションプログラムのことです。復職に特化したプログラムが盛り込まれているため、職場復帰がしやすくなる傾向にあります。
企業における休復職者支援の一環として、リワーク支援を活用し、復職のリハビリとしてリワークを取り入れる企業が多くみられます。
近年「健康経営度調査」の調査項目に明記され、また、健康経営の取り組みの一つとして導入する企業が増えてきていることからわかるように、その注目度は年々高まっています。
・実施団体
①都道府県障害者職業センター
公的サービスであり、厚生労働省所轄の独立行政法人である高齢・障害者雇用支援機構に属しています。障害者となっていますが、障害者手帳や障害者認定は不要とされています。
②医療機関、民間企業、NPO
民間による実施に該当します。必ずしもかかりつけ医が実施するとは限らないため、メンタルヘルス不調者の同意が必要であり、事業主・主治医などと連携しながら支援を行なう形になります。
・対象者
民間企業等の雇用保険適用事業所に雇用されている休職中の方です。 国、地方公共団体、行政執行法人及び特定地方独立行政法人は、対象外となります。
・目的
休職されている社員の方に対し、主治医や事業所との調整した上で、復職準備のためのウォーミングアップを行うとともに、事業所に対し、復職に係る専門的な助言や援助を行うことにより、社員の方が円滑に復職できるように支援していくことを目的としています。
・支援内容
ストレス対処法やうつなどに対するセルフケアを学ぶ演習(e-ラーニング)やロールプレイ、瞑想、ゲームやグループワーク、課題図書読書など、実施機関によってさまざまなプログラムがあります。
①職場復帰に向けたウォーミングアップ
②体調・心理面の特徴についての自己理解を深める
③復帰後の安定した勤務に向けて「セルフケア」「セルフコントロール」を可能にする
6.プライバシー保護
労働者の健康情報等は個人情報の中でも特に機微な情報であり、厳格に保護されなければなりません。とりわけメンタルヘルスに関する健康情報等は慎重な取り扱いが必要です。労働者の健康を守る義務と個人情報の保護とのバランスをどうとるのかが、課題となりますが、労働者と使用者との信頼関係を確立することが重要となります。そのためには、日頃から積極的に声をかけるなどして心身の健康状態を把握したり、相談しやすい職場環境を整えることが大切になります。また、収集した個人情報の取扱いや管理について、会社としてルールづくりをすることも重要です。
・個人情報の保護に関する法律(平成15年制定)
人の権利と利益を保護するために、個人情報を取扱う事業者に対して個人情報の取扱い方法を定められました。個人情報保護法の「雇用管理に関する個人情報のうち健康情報を取り扱うに当たっての留意事項について」によると、「社員の健康情報の共有はもちろん、情報を収集する際も、原則として総て当人の同意を得なければならない。さらに上司や同僚にも病名などの個人情報を守秘するよう徹底しなければならない」とされています。
・労働契約法5条(平成20年制定)
安全配慮義務を果たすためには、個人の健康について情報を得て、保健指導を含む適切な就業上の措置を講ずることが求められています。労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする」使用者の義務と定義されています。