対人恐怖と社交不安症
更新日:2021年8月27日
最近あまり聞かなくなりましたが、対人恐怖という病気を知っていますか?
【あがり症】
この病名ができた1930年から1970年代までは、対人恐怖は日本の精神疾患の代表とも言えるくらい大変多い病気でした。「あがり症」とも呼ばれ、自分の容姿、におい、表情などが他人を不快にさせてしまい、変に思われ嫌われてしまうと不安になるものです。
例えば人前で汗をかきすぎて変に思われている、腋の臭いが迷惑をかけているなど、そのことが気になって人前に立つたびに極度に緊張して何もできなくなったり、ついには対人関係を避けるようになるものです。
【日本だけのもの?】
日本人は「恥の文化」というものを持っており、この病気の背景になっていると言われています。「恥の文化」とは、日本人を観察したアメリカ人が指摘したもので、日本人が自分を律する基準は他人の目であると言います。
自分が他人からどう思われているかが、日本人の行動の基準となっており、恥をかかないことに大きな意識を向けているのが日本人の生き方であると言うのです。
アメリカ人はキリスト教文化から神という絶対的な道徳の基準を持っているので、日本人ほどに他人の目を気にしません。対人恐怖が日本特有の病気であると「Taijin-Kyoufu-sho」とそのままの名前で海外に紹介されていた時期もありました。しかし、今ではこの名前を知らない人の方が多いようです。
【実は世界でもある病気】
実はこのような人前で緊張し過ぎてしまう病気は日本だけでなく欧米にもあることが分かり、世界的には1980年に社会恐怖という病名ができました。ほぼ同じ意味であるという理由で、対人恐怖の名前は社会恐怖に吸収されてしまいました。それで対人恐怖という名前をあまり聞かなくなったのです。
【病名の変更が多い病気】
さらに社会恐怖という病名も、1994年には社会不安障害という病名に変更され、2008年には社交不安障害、2013年に社交不安症と変更されました。研究の蓄積や社会的な影響を考慮することでこのようなことが起こるのですが、ひとつの病気でこんなに名前が変わることも珍しいことです。
【社交不安症とは】
社交不安症とは、人前に出たり、人から注目を受けることが不安になり、対人関係を避けるようになる病気です。人前に出ることはだれしも緊張することです。しかし、社交不安症ではそれが度を越しており日常生活に支障が出るものです。現在日本では100万人が患っていると言われ、大変多い病気です。
人前で失敗した経験をきっかけに小中学校で発症することが多いと言われています。学校の発表で手が震えてみんなに笑われた、それから人前に立つとまた手が震えて変に思われないか、恥をかくのではないか、と異常な緊張感を感じるようになってしまいます。
それがエスカレートして、一対一の場でも緊張するようになり、人との関係を避けるようになります。社交不安症は、小中学生のひきこもりの大きな原因にもなっています。
大人になってお酒を飲むという機会があると、それで不安が解消されるので、人に会う前や仕事の前にお酒を飲んでしまうということもあります。それでお酒の量がどんどん増えてアルコール依存症になる人もいます。
【社交不安症とHSP】
最近メディアに取り上げられ大変話題になっているHSPという言葉があります。内向的で相手の気持ちに敏感な性格を言いますが、これは病名でもなく医学用語でもありません。最近、「自分はHSP」と言って精神科を受診する方がいます。こうした方達の中には社交不安症も含まれているようです。
【治療方法】
恥の文化にもあるように社交不安症に心理的な要因もありますが、脳神経の問題も大きいと言われています。実際に一部の脳機能に変化が起きているという研究結果があります。
社交不安症の治療は、レクサプロなどに代表されるSSRIという薬が大変効果があります。軽症の場合は抗不安薬で治療も可能です。辛いのをがまんして、勉強や仕事に支障が出たり、アルコール依存症やひきこもりにならないためにも早めに医療機関に相談しましょう。
【カウンセリング治療】
カウンセリング治療としては認知行動療法に効果があります。薬の治療と併用することでさらに効果が上がります。社交不安症の人は、緊張を払いのけようとして、よけい緊張してしまうこと、他人の目を気にしながら実は自分の内面や体の反応に注意が向き過ぎていること、などの認知のゆがみがあります。それらをカウンセリングで修正する治療です。
【最後に】
コロナ禍でマスクとオンラインの生活となり、社交不安症の人にとっては過ごしやすい社会になったと言われています。今後社会のオンライン化が進んでいくとさらに生きやすい社会になるでしょう。あがりやすい性格ととらえて、それとうまく付き合いながら、自分の才能を伸ばすことが可能になるかも知れません。しかし、現在の生活に支障が出ているならば早めに医療機関を受診しましょう。