産業医は精神科医を選べば良いの?(メンタルヘルス対策を行うために)
更新日:2024年7月12日
産業医を選任する際に、会社が精神科医を求めるケースが多くなってきています。産業医を精神科医にすることは悪いことではありません。しかし、産業医に求められる役割と臨床医に求められる役割は異なります。ここの理解がないまま産業医が労働者の主治医としての対応も兼任すると問題が生じるケースが多いので注意が必要です。
⇒ブログ:【産業医の探し方 6選】
【主治医(精神科医)と産業医の違い】
主治医でも産業医でも医師免許を取得しており、共通する知識は多いです。一方主治医は保険診療を行い、原則的には患者に寄り添う疾患の治療が目的であり、就労能力の判定は症状の改善に注目して行います。産業医は事業所との契約に基づき、その収入は会社側からもらいます。労働者(患者)に寄り添うことだけではなく職場の規則や価値観なども考慮に入れた対応を行うことが中立的な立ち位置となることが多いのです。
薬物療法などは行わないことが多く、その労働者が職域で問題なく働けるかどうか、事例性(給料に見合った労働ができない状態)を通して予防と早期発見を目的とすることになります。復職などの判定も病気の程度だけではなく業務遂行能力にも注目する必要があります。
【なぜ企業は産業医を精神科医にすることにこだわるのか】
そもそも会社が産業医として精神科医を求める理由は、メンタルヘルスに問題を抱えた労働者には身体化の医師よりも精神科の専門医の方がより適切な判断対処を行うと考えているからだと思われます。また、産業医斡旋会社による精神科医の紹介を高額にし、精神科医を産業医とすれば、会社のメンタルヘルス対策は万全であるかのような宣伝も問題の一因であるように思われます。
しかし、専門医のより適切な判断対処は、本人(の治療)の視点によってより適切ということであり、会社の都合や事情なども考えて会社の視点としてより適切という意味での適切ではありません。産業医の判断は、主治医と異なり労働者(相談者)の意向に必ずしも沿ったものにならないこともありますが、同時に必ずしも事業者の意向に沿ったものにもならないこともあります。この中立性・独自性の立場を会社と事前に確認しておかないとトラブルの要因となります。
【産業医を精神科医とするメリット】
精神科医を産業医とするメリットもあります。その一つに、精神科医は話を聴く技術(能力)が高いことが挙げられます。産業医であれば、上司や同僚・人事担当者など複数の関係者に接点をもてるため、より正確で具体的な職場状況の把握が可能となります。それらの情報と本人の意識の照合により、本人と周囲の職場状況の認識のズレを修正する支援ができます。
まず職場に対して、ルールの明示を勧めるなど認識のズレが起きなくなるように働きかけます。認識のズレの修正が困難なときは、本人の自己理解(認知特性の理解)を促すことになります。同時に本人の性格特性などへの周囲理解を深めることで、より適切な支援が可能となります。また、産業医が精神科医の専門医であれば、診療に有用な職場情報の主治医への提供、主治医の意見の妥当性の評価などが適切に行えるという利点もあります。
労働者に発達障害の方がいる場合も、その人の対応、個性を活かした働き方について指導をもらえるので、精神科医を産業医とする利点となります。ただ、大人の発達障害について苦手とする精神科医もいるので、その点はあらかじめ確認する必要があります。
【大事なことは】
産業医を精神科医にしなくてはいけないということでもないですし、身体疾患の起こりやすい職場(特定の工場など)でも身体化を専門とする医師を産業医としなくてはいけないということでもありません。大事なことは、臨床医(主治医)と産業医は異なるという認識を持つことです。
産業医は治療を行うことはできません。産業医は職場の専門医師なのです。
それと同時にメンタルヘルス対策は産業医だけに任せるのではなく、主治医、産業保健スタッフ、管理監督者や人事担当者など、チームで行うことが大切です。その中でも特にキーポイントとなるのが、主治医(精神科医)と産業医の連携になります。この両者の連絡・連携のなかでそのような見極めや落としどころを協議し、最終的には職場や本人に提案し了解を得ていく必要があります。
※参考文献【精神神経学雑誌 2021 VOL.123 NO.2 「うつ病理解と精神科医と産業医との連携 (著) 新開隆弘」「4つのケアを念頭においた職域との連携 (著) 井上幸紀」「休職者の現状と実践的な対策 (著) 高野知樹」「うつ病からの復職就労者の再発再燃を防ぐために産業医ができることー精神科医が産業医である場合ー (著)塚本浩二」】