EAP(従業員支援プログラム)とは 【メンタルヘルス対策】
更新日:2024年11月20日
EAP(従業員支援プログラム)とはどのようなものでしょうか?日本でも注目されているEAPというメンタルヘルス対策は、どういった特徴があるのでしょうか?
EAPには内部EAPと外部EAPがありますが、その違いやメリット、デメリットについても解説していきます。
【EAP(従業員支援プログラム)とは】
EAPは厚生労働省が推進するメンタルヘルス対策の「4つのケア」の1つである、「事業場外資源によるケア」に当てはまるものです。EAPは専門資格や知識を持った専門家を擁する専門機関が、従業員の悩みを相談する窓口となって企業のメンタルヘルスに対応するプログラムです。
EAPを導入する目的はメンタルヘルス対策が一次的ですが、最終的にメンタル不調の予防や従業員のモチベーション低下を防ぎ、企業の生産性を向上することにあります。専門機関のスタッフは主に有資格の専門家で、産業医や精神科医、臨床心理士、公認心理師、精神保健福祉士、産業カウンセラー、社会保険労務士、キャリアコンサルタントなど多職種で連携してメンタルヘルス対策にあたっています。
⇒ブログ:「産業医とは? 普通のお医者さんとの違い」
⇒ブログ:「産業医と精神科」
【EAPの歴史】
1950年代のアメリカでは、第二次世界大戦やベトナム戦争などで心的外傷を負った帰還兵士たちのサポート、経済不況、リストラなど社会混乱が起きていました。それに伴い、薬物依存、アルコール依存、うつ病などに陥る人々が増加しました。また、企業内でも精神疾患を発病する者が増え、社会全体の生産力も低下し、ますます経済力が落ちる一方だったのです。
このような状況の中、メンタルヘルス対策「従業員支援プログラム」がアメリカで広まることとなりました。
1980年代では、レーガン大統領によって、各企業が企業のメンタルヘルスケアに積極的に取り組むべきとされ、医療制度改革を実施されました。
EAPは、各労働者のメンタルヘルスを保つことで一人ひとりの生産性の維持・向上を図ることは元より、それにより各企業の業績や社会全体の生産力の維持・向上を目指すことを念頭に歴史的な制度化が行われ、アメリカではほとんどの企業で導入されることになりました。
現在、アメリカでは企業の77%がEAPを導入しているとの報告があります。
アメリカのEAPと日本でのEAPは、サービスの目的や内容が少し異なります。アメリカのEAPは社員の業績や生産性の維持・向上を目的とし、メンタルヘルス問題だけでなく、資産運用、法律問題、家庭問題、薬物依存、職場内のいじめ、子育て相談、アルコール依存の問題など様々なことを扱い、それに関するサービス提供を行います。サービスは、契約している企業の労働者だけでなく、労働者の家族まで利用することが可能です。
日本のEAPは、主にメンタルヘルス問題を扱います。これは、国による企業が求めるニーズや国民性、社会システムが影響していると言えます。
【メンタルヘルス対策の義務化】
日本でも2000年に「事業場における労働者の心の健康づくりのための指針」が示され、EAPが注目され始めました。また、2015年12月から労働安全衛生法の改正により、事業場従業員数が50人以上の企業には年に1回のストレスチェック実施が義務化され、企業におけるメンタルヘルス対策の重要性が増しました。
これまで見落とされてきた従業員の生産性を低下させる要因への関心が集まり、その結果、個々の従業員が最大限の生産性を発揮するために、環境を整えEAPによるメンタルヘルスの向上を目指す企業が増えてきたのです。
【EAPを企業が注目する理由】
なぜ企業がメンタルヘルスに注目するようになったのかという理由は、厚生労働省が発表した「平成30年労働安全衛生調査」の結果によるものです。
この調査は全国の事業場を対象に「事業場が行っている安全衛生管理、労働災害防止活動及び安全衛生教育の実施状況等の実態並びにそこで働く労働者の仕事や職業生活における不安やストレス、受動喫煙等の実態について把握し労働安全衛生行政を推進するための基礎資料とする」という目的のもと行われています。
平成30年の調査結果で「現在の自分の仕事や職業生活に関することで強い不安、悩み、ストレスとなっている」と答えた労働者の割合は58.0%にも登りました。つまり約6割の労働者は仕事に対して何らかの原因で強いストレスを感じており、それが原因でメンタル不調へ陥り、仕事へのパフォーマンスの低下にもつながるという結果を示したのです。
こうした調査結果も影響し、多くの企業でEAPへの注目度が高まることになりました。
【EAPの内容】
EAPは総合的なメンタルヘルス対策であり、一次予防であるメンタルヘルス不調への気付きと予防、二次予防であるメンタルヘルス不調の早期発見と対応、三次予防である従業員の職場復帰支援と再発防止まで全て含んでいます。
一次予防から三次予防までの対策は以下のようなものです。
一次予防
・管理職及び従業員へのメンタルヘルス教育
・ストレスチェックの実施
・モニタリングやフォロー
二次予防
・専門家によるカウンセリング
・人事担当者、管理職へのトレーニング
・医療機関への受診を勧奨
三次予防
・従業員の職場復帰支援
・メンタルヘルス不調の再発防止
【一次予防の具体的な対策】
一次予防はメンタルヘルス不調への予防の段階です。従業員自身で行うセルフケアだけでなく、管理職へのメンタルヘルス教育を行います。従業員が自身のメンタルヘルスに関心を持つことで、ストレスへの対処方法を学び、将来的なメンタルヘルス不調を予防する効果があります。
また管理職への教育は、職場環境を改善する上で重要です。職場のストレス要因の把握と社員のストレス管理には、管理職の理解が必須だからです。
職場環境で言うなら、仕事を行う環境(室温、明るさ、騒音等)、業務量や残業時間、評価制度、人間関係などもストレス要因となります。一次予防の段階ではこうしたストレス要因になりうるものを把握し、改善していくことが求められます。
【二次予防の具体的な対策】
二次予防では、予防段階よりも一歩踏み込み、ストレスによるうつ病や統合失調症、適応障害といった精神疾患を引き起こさないように対策を行います。一般にメンタルヘルスへの不調は、行動や言動から変化が現れます。そしてその変化に気付くのは職場の管理職や仲間であることが多いです。
⇒ブログ:「うつ病・うつ状態・適応障害・自律神経失調症の違い」
一次予防の段階でメンタルヘルス教育が適切に行われていれば、二次予防の対応もスムーズに行われやすいのですが、普段から教育されていないと対応が遅れてしまいます。
二次予防では職場の管理職や人事担当者へのトレーニングにより、メンタル不調を訴える従業員への対応方法を学んでいきます。会社全体のレベルでみると、カウンセラーによる従業員のカウンセリングを行うことも効果的です。
また精神疾患の可能性がある場合、迅速な医療機関受診へ繋げるための窓口としてもEAPは有効です。EAPでは有資格の専門家がカウンセリングを行うので、医療機関との連携もスムーズに進めやすいといった特徴があります。
【三次予防の具体的な対策】
三次予防では実際にメンタルヘルス不調で受診・治療した従業員に、休職中から精神的なフォローや復帰に向けた勤務体制の変更やリハビリ、再発防止への対策を行います。
精神疾患は身体的な不調に比べると回復に時間がかかりやすく、元の状態に近いところまで改善するには半年~数年かかることもあります。うつ病の再発率は60%と言われ、職場復帰した後も随時企業担当者と専門家とで協力しながら慎重に対応していかないといけません。EAPでは長期的な視点で従業員が働き続けられるように、復帰後の受け入れ体制を整備することも対策の一つです。
職場復帰は医師の判断に従って業務量や勤務場所を変更し、本人が無理をしないように対応することも必要です。短時間勤務や時間にゆとりのある仕事から始め、メンタルヘルスの状態に合わせた柔軟な対応が求められます。
⇒「社員が休職した場合の対応|会社ですべきこと、すべきでないこと」
最近では、管理監督者や人事担当者がうつ病や発達障害を持つ従業員に対してどのように対応したら良いかというような助言を求められることも多くなってきました。あらかじめ決められたマニュアル通りではなく従業員1人1人のことを考慮した対応の仕方を一緒に考えていくことが必要です。
【内部EAPと外部EAP】
EAPが一次予防から三次予防に対応するメンタルヘルス対策ですが、EAPも会社内に産業医等の専門家を置く内部EAPと外部のサービスに委託する外部EAPという2種類に分けられています。それぞれに特徴があり、メリット・デメリットもあるので解説します。
【内部EAPの特徴とメリット・デメリット】
内部EAPは産業医や、保健師、看護師、衛生管理士などの有資格者を、企業で雇用または契約して社内のメンタルヘルス対策に当たってもらう方法です。自社で専門スタッフを指定できるため、社内のニーズに合わせた人物を選定でき、必要な時に従業員がすぐに利用できるという特徴があります。
大企業では内部EAPを導入している企業もあり、社内のメンタルヘルス対策の中心を担っています。
■内部EAPのメリットとデメリット
(メリット)
1.企業で専門家を指定できるため、社内の状況や社風、文化を理解している
2.従業員の相談を社内で受け付けるため、対応への移行がスムーズに進みやすい
3.従業員が困った時にすぐ利用できる。
(デメリット)
1.企業が専門家を雇用するまたは契約するため、費用が高くなることが多い
2.社内の専門家であるため、従業員へのプライバシーへの配慮に不安が残り、相談しにくいことがある
内部EAPには専門家が常駐するため、いつでも従業員が相談できるというメリットもある反面、コスト面や従業員の相談しづらさという面がデメリットとして挙げられます。
従業員の「他人に知られたくない」という心情に配慮し、社内でもひと目につきにくい場所に相談室を設けるか、社外に専用の部屋を設けるなどの対応を行うことも必要です。
コスト面でいうなら産業医の場合、常駐では年間1000万円以上必要になることもあるため、大企業でもなければ常勤の産業医を配置するのは難しいです。中小企業の場合は、嘱託医という形なら、比較的安いコストで月に1~2回程度巡回してもらうこともできますが、メンタルヘルス対策としては不十分でしょう。そのため、外部EAP機関に依頼することが一般的です。
【外部EAPの特徴とメリット・デメリット】
外部EAPはEAPサービスを行っている専門機関にメンタルヘルス対策を委託する方法です。外部EAPサービスと契約することで、内部EAPへの対応を行ってくれる場合もあります。
外部EAPは従業員が利用したい時に電話・メール・対面での相談を、社外のカウンセリング室で行います。
■外部EAPのメリットとデメリット
(メリット)
1.企業が外部機関であるため、従業員が気軽に相談しやすい
2.企業で契約して専門家を雇用するのに比べて、コストが少なく済む
3.従業員の相談内容や事情によっては、専門の医師に取り次ぐフォロー体制が整っている
4.幅広く専門家が在籍している
(デメリット)
1.外部機関であるため、社内への報告と連携にズレが生じやすい
2.外部のカウンセリング室を利用するため、従業員によっては通うのが難しいことがある(オンライン対応を行える機関であれば問題ない)
外部EAPの強みは内部EAPに比べると、フォロー体制がしっかりしていることや、メンタルヘルスに関するスペシャリストがそろっており、連携がしかりしていること、相談者が特定されないこと、などがあげられます。コスト面でも自社で雇用するよりもはるかに安く抑えられます。
日本ではアメリカと異なり、産業医制度があります。そのため、昨今の職場のメンタルヘルス領域では、主治医と産業医との連携が期待されています。外部EAP機関による専門家が間に入ることによって、主治医、産業医、企業担当者、外部EAP機関が連携をとり、適切なメンタルヘルス対策が可能となります。
外部機関のデメリットは、社内の機関ではないために企業への報告とその後の連携にラグが生じやすい点があります。
【外部EAP導入時のポイント】
現在、企業で外部EAPが導入されることが増えてきています。そこで外部EAPを導入する際に押さえておきたいポイントをまとめました。
・医師、保健師、心理士等の医療専門家が相談業務を担当していること
・メンタルヘルス不調がある場合、専門の医師や医療機関に取り次ぐ、体制があること
・対面相談だけでなく、メール、電話、オンライン対応を行っていること
・人事担当者としっかりと連携がとれること
・元気な人には邪魔にならないサービスであるか
こうしたポイントを重視して外部EAPサービスを選ぶことで、従業員のメンタルヘルス対策として十分に機能することが期待できます。専門性の高さはもちろんのこと、医療機関と提携しているか、人事担当者と密に連絡を取ることができるかも重視すると良いポイントです。
また、「元気な人には邪魔にならないサービス」という点は実は非常に重要です。会社全体で毎週のようにメンタルヘルス研修を実施してしまうとか、月に1回ストレスチェックを実施してしまうなどは、逆に仕事の生産性を下げてしまいます。
まとめ
2015年のメンタルヘルス対策の義務化以降、従業員へのメンタルヘルスと企業の生産性の関係性は注目度が増しています。EAPはすぐに企業の生産性向上という目に見える成果に繋がりにくいものの、中長期の視点で見た時には従業員のモチベーション低下防止や社内コミュニケーションの円滑化に役立ちます。
メンタル不調が増えている現在、EAPの社会的な注目度や重要性は今後も増していくでしょう。
【監修 精神科専門医 医学博士 高橋倫宗】